スライム、騎士になる ~最弱モンスターが、愛の力で姫殿下の近衛騎士になった件~

英 慈尊

騎士登用試験

 ライナット王国の年中行事を数え上げればきりがないが、やはり、春先で代表的なものといえば、これは騎士登用試験となるだろう。


 騎士といえば、一般的には脈々と続く血筋を受け継いだ貴族男児がなるものであるが、同国においてはそうではない。

 あくまでも――実力主義。

 国防のため、一定以上の実力を持たぬ者は、どれだけ権力のある家出身だったとしても、騎士の叙勲を受けることあたわないのだ。


 これはつまり、誰にとっても騎士となる機会があるということ……。

 寒さもやわらぎ、草花が芽を出すこの時期になると、騎士の栄誉を夢見た若者たちが、国中から王都へと押し寄せてくる。


 彼らの出自は様々で、これまで農具しか握ったことのない農村出身者もいれば、生まれた時から騎士となるべく英才教育を受けてきた貴族家の嫡男も存在した。

 そんな中にあって、その若者は、あまりに浮いているといえるだろう。


「おいおい、あいつ気合い入ってるな……」


「あの鎧、自分で用意してきたのか?」


「あれだけで、俺んちの稼ぎ何年分だよ……」


 ライナット王城の中庭へ集められた若者たちが、彼に視線を集中してしまうのも無理はない。

 それほどまでに、若者の出で立ちは異質なのだ。


 その身にまとうのは――白銀の鎧。

 さすがに、腕部や脚部を覆うのは下地のみで、鋼の装甲が守るのは胴体や肩、腰回りといった主要部分のみであるが、騎乗せぬ戦士としては、かなりの重装備である。

 また、頭には、馬の尾がごとき飾りの付いた重厚な兜を被っており……。

 下ろされた面の下に、どのような顔が隠れているか……外部からうかがい知る術はない。


 左腕に保持しているのは逆五角形の盾で、これはかざしたならば、胴体を覆うに十分な大きさがあった。

 そして、腰に差しているのは――鋼の剣。

 いまだ鞘に収められたままのそれは、抜かずとも、よく鍛えられた代物であることが直感できる。


 つまりは――完全武装。

 ここは騎士たる身を目指した若者が集まる場所であるが、その中において、いっそなまかな騎士よりも騎士らしい出で立ちをしているのがこの若者なのだった。


「ほおう……随分と準備の良いやつが混ざっているな」


 騎士団長――スタンレー・ロイエンスは、城内の窓から中庭を見下ろしつつ、そうつぶやく。

 年齢は、三十半ば。

 身にまとった鎧は使い古し、ややくたびれたもので、戦歴というものを否が応でも感じさせる。

 丁度、今見下ろしている若者を十年は修行させれば、このような風格を漂わすのではないかと思わされた。


「果たして、名はなんというのか……」


「ピエールですよ」


 誰に対したものでもない独り言へ答えたのは、意外な人物であった。

 通りがかったその人物は、スタンレーよりさらに一回りは上の年代である。

 身にまとっているのは、装飾が施されたローブで、高い地位というものを感じさせた。

 実際、彼は騎士団と両翼を成す王宮魔術師団の長なのだ。


「これは、これは……ラーテル殿。

 王宮魔術師のあなたが、騎士登用試験に興味をお持ちで?」


 スタンレーが、やや大仰な身振りを交えながら尋ねる。

 別段、騎士と王宮魔術師の仲が悪いわけではない。

 ただ、競い合う間柄であるのは確かなので、このような態度にもなった。


「試験そのものというより、ピエールに興味を持っているのですよ」


 呪文の腕だけでなく、錬金術の大家としても知られる人物が、涼しげに答える。


「何しろ、彼は私の縁者ですから」


「ほおう! そうだったのですか!

 いや、ラーテル殿は独り身ですし、これまでそのような話は聞いたことがありませんでしたから、少しばかり意外ですな」


「私とて、木の股から生まれたわけではありません。

 親戚の一人や二人はいますよ」


 答えながら、ラーテルが中庭を見下ろす。


「身内びいきに思えるかもしれませんが、彼の腕前は確かです。

 きっと、この試験を勝ち抜き、騎士の資格を得ることでしょう」


「随分とあの若者を買っているのですな。

 装備も、あなたが買い与えたので?」


「まあ、若者への餞別といったところです」


 肩をすくめる魔法使いに、聞きたくて仕方のない質問をぶつける。


「それで、そのピエールですが……。

 どうして、顔を隠しているのですか?」


 返答は、簡潔なものだ。


「恥ずかしがり屋なのですよ」


 王宮魔術師はそう言うと、薄く笑ったのである。




--




 騎士登用試験とはいっても、その実態がどのようなものかといえば、これは勝ち抜きの武術大会であった。

 くじを引き、対戦表に則って騎士志願の若者たちが武芸を競い合う。

 そして、試験管たちが十分な実力と才を見込んだ者が、騎士としての叙勲を受けられるのである。


 あえて勝ち抜き形式にして順序を付けるのは、叙勲後の扱いを決めるためだ。

 良い成績を収めた者は、騎士団への入隊後、重要な任務を与えられるのであった。

 つまりは、騎士の資格を得る前でありながら、早くも出世競争が始まっているのである。


 ゆえに、参加者たちの気迫も尋常ではない。

 ましてや、栄えある最初の試合ともなれば、立ち合う両者は気合い充分であった。


「左手より、キース・ロイエンス!」


 審判を務める正騎士に名を呼ばれた少年……。

 キースが、静かに前へ出る。

 栄誉ある騎士を選ぶための試験であるが、別段、特別な武舞台を用意したりはしていない。

 ばかりか、城の中庭には戦闘範囲を定めた仕切りすら存在せず、ただ、川砂が敷かれているだけだ。

 これは、実戦において、そのような取り決めは存在し得ないからであった。


 強いて、戦闘範囲を定めるものがあるとすれば、それは周囲を大きく取り囲む受験者たちであり、採点役の正騎士たちだ。

 彼らの熱い視線が、キース少年へと注がれる。


「仕上がっているな」


「ああ、さすがはスタンレー団長のご子息だ」


 正騎士たちが、キースの様子を見てそう評した。

 騎士団長スタンレーが男臭い男であるのに対し、キースは母親似の甘い顔立ちが特徴的な美男子である。

 しかしながら、剣に打ち込む姿勢はどこまでも真面目であり、成人を迎えたばかりの十五歳でありながら、並の正騎士なら匹敵する実力者であることを、団内の者たちは知っていた。


「右手より、ピエール!」


 呼ばれた騎士志願者……。

 ピエールが、ゆっくりと前に歩み出る。

 全身を鎧に包み、顔まで面で覆い隠した姿を見て、外野の人間が抱くのは困惑だ。


「あいつの格好は、気合いの表れ……で、いいのか?」


「さあなあ……。

 寸止めで勝負を決める試合に鎧姿で挑んでいるんだから、これは、臆病者の証かもしれんぞ」


「確かに……。

 その証拠に、キースは剣と盾だけでこの試験に挑んでいる」


 正騎士たちが会話したように……。

 キースが着ているのは、騎士階級の人間がよく着る平服で、武装は腰の長剣と左腕に装着した円形盾だけであった。


「それに、寸止めで勝負を決める以上、重い鎧は枷にしかならんぞ」


「その状態で、相手がキースか……。

 これはもう、勝負が決まったかな」


 正騎士たちの会話が、聞こえてか聞こえていないか……。

 ピエールというらしい対戦相手に、キースが剣を突きつける。


「いざ!」


 勝負前の正々堂々とした呼びかけ……。

 それに、ピエールなる騎士志願者は、眼前で剣を掲げることによって応じた。


「参る」


 両者の準備が完了したと見て、審判が大きく右腕を上げる。


「始め!」


 そして、勝負の開始を宣言しながら、腕を振り下ろした。

 決着がついたのは、まさしく、腕の下りきった瞬間である。


「ま……参った」


 硬直し、冷や汗を垂らしながら……。

 キースが、そう宣言した。

 それも、そのはず。

 彼の喉元には、鋭く研ぎ澄まされた鋼の刃が突きつけられていたのである。

 もし、これが模擬試合でなければ、そのまま喉を切り裂いて終わりだ。


 あまりに早い――刺突。

 勝負が始まるや否や、ピエールは一瞬で間合いを詰め、キースの喉元に剣を突き出したのであった。

 対するキースは、上段からの一撃でも繰り出すつもりだったか、中途半端に剣を振り上げたところで硬直しており……。

 両者の実力差は、歴然である。


「しょ、勝負あり!

 勝者――ピエール!」


 しばし呆けていた審判が、慌てて勝敗を決定したが……。

 この時、試験のために参じた全員が、確信していた。

 今日、この試験で最後まで勝ち抜くのは、間違いなくこのピエールという男であると……。

 そして、その予想は正しかったと証明されたのである。

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