エピソード5 エピローグ

新たな”親子”

 虹色のせんじ薬を飲ませて一週間。

 いまだ目覚めないジラルドに対し、焦りをつのらせた俺は一度別の方法を模索しようとした。

 だがそれを見かねた皆に止められ踏みとどまるに至った。

 それからは順番を決め、代わる代わるジラルドの様子を見るようになっていく。


 ちょうど今日は俺がつきっきりで見守る日だ。

 店の営業が終わり、寝室に向かう頃にはすっかり夜もふけている。

 静かに寝息を立てるジラルドの手を握る。

 置かれた状況はまったく違うが、母親を看取った時とどことなく似ているな。

 気づけば椅子に座ったまま眠りこけていた。


「クレハ君」


 その声が聞こえると俺の目はすぐに反応して開いた。

 ジラルドはそんな俺を見て微笑んでいる。


「ジラルド、おい!」


 立ち上がり肩を揺らす。


「僕は一体どうなっていたんだい?」


「あんたはずっと眠ってたんだ。それより体の調子はどうなんだ?」


「そうか……沢山眠ったせいだろうね。このとおり元気そのものだよ。困ったことにお腹も空いてきているしね」


 体を起こしおどけてみせるジラルド。

 しばらくは安静にして過ごし、数日後彼は店に復帰を果たした。


「別にここでなくてもよかったのに」


「いや、ここであることに意味があるんだ」


 あの日できなかった祝勝会と称して、俺はジラルドを飲みに誘った。

 場所はもちろんこの店のカウンター。

 完全に貸切にしていて店内には俺達二人のみだ。


「それにしてもフィア君もお喋りだね」


 席に座るジラルドはどこか嬉しそうに悪戯っぽく笑顔を作る。


「あいつもあいつでさ、あんたのことが心配だったんだよ」


 カウンターの内側に立つ俺は、言いながら彼のグラスに酒を注いだ。


「もちろんわかっているよ。遅かれ早かれ、皆には話すつもりでいたからね」


「そうか」


 続けて自分の目の前のグラスにも酒を注ぐ。


「おや、君は飲めないんじゃなかったのかい?」


 ジラルドは首を傾げた。


「俺もいい加減、言い訳してばっかりなのはうんざりでね」


「だったらこれをお酒のあとに飲むといいよ。酒の回りが大分緩やかになるからね」


 コップ一杯の水を差し出される。


「じゃあいくか……!」


「乾杯」


 互いに掲げたグラス同士がチリンと音を立てた。

 俺は一口、二口と飲んでみる。

 この程度ならまったく問題はない。

 想像でしかないが、父親と一緒に飲むってのはこんな感じなんだろうか。


「意外といけるものだろう?」


 ジラルドは楽しげな表情だ。


「ああ、こんなことならもっと早く知っとけばよかったな」


 それきり会話という会話もなく、しばらく黙々と飲み進める。

 必要以上のことは喋らない。

 いや、喋れない。

 男同士のやり取りって大体こんなものだよな。

 そのはずだったのだが、俺は酔い始めているに違いない。


「俺にはもう父親がいないんだ。それで……なんていうかだな。あんたのこと親父って呼んでみたくなった。もちろんいつもじゃなくて、一緒に飲む時だけで構わないんだが」


 なんて言葉を頭を搔きながら口にしてしまっていた。


「僕なんかでよければ喜んで」


「これからも元気でいてくれよ、親父?」


 途端、初めは平然としていたジラルドは俯いてしまう。

 彼からはしゃくりあげるような声と鼻をすする音が止まない。

 俺はただ、カウンター越しにその背中を優しく叩いた。


 この夜俺は美味い酒の存在を初めて知った。

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