第10話 これが考えうる限りの最良よ

 あれからは毎日のように山に登り薬草を追い求める。

 ギルドへ立ち寄るのも欠かさない。

 両方の外れとやるせなさを掴み続ける日を過ごし、ついに半月ほどが経った。


 朝目覚めて廊下を歩いていると、事務室の扉が半開きになっているのに気付く。

 中にはジラルドがいて帳簿とにらめっこをしていた。


「こんな時間から熱心だな」


 俺が背後から声を掛けると彼は振り向いた。


「やあクレハ君。最近午前中に姿を見かけないようだけど、ギルドの依頼に忙しいのかな?」


「まあそんなところだ。ジラルドこそ顔色が悪いみたいだが、あまり無理はしないでくれよ?」


「せっかく店がここまでに成長したんだ。僕もやれるだけのことはしておきたいのさ」


 いつものようにジラルドは笑うが、頬は明らかにやつれている。

 はやいところ見つけ出さないとな。

 そう決意を新たにして店を出た。


「クレハさん。大変、です……」


 声に振り返るとフェリスが息を切らしながら駆け寄ってきた。

 その様子から嫌な予感がしてならない。

 ひとまず不安を打ち消すように頭を振り、彼女に続きを促す。


「ジラルドさんの様子がおかしいんです。早く来てください!」


 泣き出しそうな彼女とともに店へ引き返すと、寝室のベッドでジラルドは眠っていた。

 何度呼びかけても体を揺さぶっても返事がない。


「まさか進行してるっていうのか?」


「クレハさんは、こうなった理由を何か知ってるんですか……?」


「ああ。これから皆を呼び出して説明するよ」


 営業前ミーティングにこの店に関わる全員を集める。

 フェリスはもちろん、アリスフィアも視線を落としたままだ。

 何も知らされていない他のメンバーは普段どおりに振舞っている。


「重大な話をするからよく聞いてくれ。今朝からジラルドが目を覚まさない。これはネシス病という病によるものだ」


 俺はこれまでにわかっていることを含めてすべて話す。

 すると場には動揺が広がっていき静かになり、そこへミツキが真っ先に声を上げた。


「クレハ、それは水臭いよ。オレ達だってやれることがあるかもしれないじゃん」


「そうだよな。皆すまない。どうしても俺の手でどうにかしたくて意固地になってた。だがこうなってしまった以上、もう形振なりふり構ってはいられない」


「クレハさんは引き続きその山を探すわけですよね。だったら、わたし達もそれぞれにできることをやっていきましょう」


 フェリスがそう言うと、この場の全員が頷きミーティングが終わった。


「クレハ、今考えていることを当てましょうか?」


 事務室に一人いるとアリスフィアがやってきて隣に座る。


「なんだよ突然?」


「薬を探す間店を閉めようと思っている。違うかしら?」


 それを聞いた途端、俺はどきりとして言葉に詰まり目を逸らした。


「……お見通しってわけかよ。そうすれば集中して探すこともできるだろ。俺はどこか間違ってるか?」


「あら、忘れたの? 店を閉めるのはジラルドの考えに反することになるわ」


「だったらこのままでいろってのか……? 手遅れになったらどうするんだ。取り返しがつかないことになるんだぞ」


 立ち上がり、思わず声を荒げそうになったもののなんとか抑える。


「言い出したら聞かないのはわかっているわ。だから、あなたが外れている間私が店長を代行する。これが考えうる限りの最良よ。この店は私にとっても家族のようなものだもの」


「フィア、お前……。本当にいいのか?」


「皆にはそう伝えておくから、後悔のないよう思う存分探してきてちょうだい。わかったら早く行きなさい」


 俺はその言葉を背に受けて駆け出していた。

 日は刻々と落ちていき、山頂付近に見落としがないかを捜索していると茂みが揺れた。

 思わず舌打ちをする。


「またグレイスか? もう邪魔するなって言ったよな!」


「グレイス? ま、また女の人の名前です!?」


 そこから姿を現したのはフェリスだった。


「いや、なんでもない。それにしてもお前どうやってここまで来たんだ?」


「ふふ、アインズさん達にお願いしちゃいました。わたしもお手伝いします。あ、嫌っていっても勝手についていきますから諦めてください!」


 彼女は得意げな顔をして腰に手を当てた。


「誰に似たんだか」


「本当、誰でしょうね? では明かりをつけますよ」


 彼女の魔法で視界が大きく広がった。

 これなら夜間でも昼と変わらず辺りを見渡すことができる。

 山頂以外の場所も手分けして探すと小さな滝が見えてきた。


「あれ……こんなところがあったんだな」


「ここはまだ探してないわけですね? 行きましょう!」


 フェリスがどんどん先を行ってしまい、俺は彼女に遅れを取りながらも進んでいく。

 滝の周辺を調べていると、なにやら奥の方に何かが見える。

 水流に逆らい手を伸ばすとそこは空洞になっているようだ。

 思い切って体を突っ込むと中は小さな洞窟になっていた。


「フェリス、この中が怪しいぞ。明かりを頼む」


 俺達は屈むようにして奥を目指していったが、突き当たりには何も見当たらなかった。


「残念ですけど引き返しますか……」


 落胆する声が聞こえてくるのと同時に、ゼニスが言っていた言葉を思い返す。


『もし行き止まりや突き当たりに直面することがあれば、その奥の存在を疑うのじゃ』


「待ってくれ、諦めるにはまだ早いかもしれない」


 壁に耳を当て剣の柄でコンコンと叩いてみた。

 反響具合から考えるとまだ奥になにかあるのかもしれない。

 ひとまず押したり蹴ったりしてみるがびくともしない。


「フェリス、少し離れてろ」


 気絶寸前までの酒を勢いよく放出。

 これならと思っていたのだが壁を動かすには至らない。

 かくなるうえは、フェリスの手を借りて出し続ける方法を試そう。


「合図をしたらこの中にあるポーションを飲ませてくれ。いいか、俺がいいと言うまで続けるんだ」


 皮袋を手渡すと彼女は頷いた。

 放出を開始し、MPが切れそうなタイミングで彼女の方を向く。

 すぐにポーションで全快まで回復し放出を継続。

 それを何度も繰り返していくと、ついに壁を突き破るに至った。


「やりましたねクレハさん!」


 フェリスの足元に転がっている空の瓶は九本。

 袋には十本を詰めていたはずだが、かなりギリギリの戦いだったようだ。

 中の突き当たりまで到達すると、岩肌に光るものを見つけた。


「なんだか綺麗な色です」


 背後からフェリスが呟き俺はそっと近づく。

 彼女の言うとおり、その花はまるで虹のような輝きを放っている。


「これがそうなのか……? よし、早速ジラルドのもとへ戻ろう」

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