第9話 おいおい、勝負に油断なんてもの持ち込むなよ?

「あらクレハ、奇遇ね。もうランクCになったって聞いたけれど?」


 店の定休日の朝、道具屋に立ち寄るとアリスフィアと出くわした。


「例の手がかりのために依頼をまとめて引き受けた結果だよ。ああそうだ、魔族の存在について聞きたくてな。フィアはなにか知ってるんじゃないか?」


 その途端瞬きが減り、普段冷静な彼女にしては驚いたような反応を示している。


「あなたからその話題が出るなんて……。もしかして遭遇でもしたのかしら?」


「やつは俺を追っ手だと勘違いして襲ってきたんだが、なにか事情がありそうな雰囲気でな」


「彼等はあまり人目に触れるようなことをしないわ。それもあって別段私達と敵対しているわけでもない。これまでお互いに干渉を避けてきていたのよ」


「魔族と魔物の因果関係についてはどうだ?」


「魔族の成れの果てがベアルとは言われているけれど、それ以上のことはギルドであっても解明できていないはず」


「そうか。だったらこれ以上の情報はなさそうだな」


「では私は行くわね。手伝えることがあったらいつでも言ってちょうだい?」


 アリスフィアと別れると例の村へ向かう。

 一軒だけ離れた家の外に、村人が話してくれた特徴と酷似する男を見つけた。

 どうやら水汲みをしているようだ。


「あんたがゼニスさんだな? 俺はギルドからここを聞いてやってきた冒険者のものだ」


 老人はその手を止め俺を方を見た。

 腰が曲がりおでこや目尻には深い皺が刻まれ、これまで過ごしてきた長い時間を感じさせる。


「おや、こんな辺鄙へんぴな村まで……もしやあの病のことかの?」


「ああ。どうしても手がかりが欲しくてな」


「だったらついて来なさい」


 ゼニスは家へ招くようにゆっくり歩を進めようとし、俺は持っている木の桶を引き受ける。

 お互い向かい合い、丸椅子に腰掛けると彼はすぐに口を開き始めた。


「さて、どこから話したものかの」


「あんたにとっては、辛い話をしてもらうことになるが……」


「なぁに、もう何十年も昔の話。いつまでも悲しんでいては叱られてしまうわい」


 ネシス病はかれこれ五十年以上も前から存在していたが、その発症率の低さからあまり話題に上がることはなかった。

 彼の兄が病気だとわかった時には、すでに寝たきりの状態で手の施しようがなかったという。


「なるほど、できることは全部試したわけだな」


 俺がそう言うと、ゼニスは立派に蓄えた真っ白なあごひげに何度か触れる。


「いいや、それがすべてとは言いがたくての。一つだけ可能性はあったのじゃが……その前に兄は亡くなってしもうた」


「なあ、それについて詳しく聞かせてくれないか?」


「この家のすぐ近くに裏山がある。その頂上あたりには、あらゆる病気に効果のある薬草が群生していると伝わっていてのう」


「よし、それを確かめてみるか」


「単なる可能性でしかないぞ。お主の期待しているようにはならんじゃろうて」


「それでも今は藁にでもすがりたいんだ」


「ならばもう一つ耳に入れておくがいい。もし行き止まりや突き当りに直面することがあれば、その奥の存在を疑うのじゃ。これも同じく伝わってきた話での」


 俺はすぐに話にあった裏山を目指した。

 ここらはベアルの姿もなく、比較的緩やかな山道を軽い足取りで進む。

 登り始めて小一時間ほどすると視界が開けていき、ついに山頂あたりに差し掛かった。


 その時、なにかの影が通り過ぎていくのに気づき息を潜める。

 ベアルの可能性が高いと見ていいだろう。

 刀身を引き抜きゆっくり近づきながら様子を伺っていると、茂みがガサガサと動き出した。


「誰だ!」


 剣を構えると、茂みからは曲がった刃物が同じように俺の方に向けられていた。

 この刃には見覚えがある。


「もしかしてグレイスか?」


「やはりクレハか!」


 飛び出してきた彼の攻撃を受け止めると、またしても撃ち合いの格好となってしまった。

 魔族ってのはこうも好戦的なのか?

 それともこいつの性格なのかはわからないが、今確実に言えるのはそう簡単に話し合いには応じないだろうということ。


「正面から正々堂々やり合おうぜ。それとも魔族は不意打ちでしか戦えないのか?」


 俺は挑発し一気に駆け抜けていく。


「ふ、言うではないか。そうこなくてはな!」


 速度をあげてきたグレイスの攻撃を弾き返しながら、俺はようやく山頂まで辿り着いた。

 例によって一気に決めてしまうに限る。


「この一撃でお前を倒す。わかったら今後俺の邪魔をするな」


 ロングソードを構え切っ先をグレイスに向ける。


「人間風情が調子に乗るなよ。この間は油断していただけのことだ!」


「おいおい、勝負に油断なんてもの持ち込むなよ?」


「言わせておけば!」


 さすがに素早い攻撃だが、俺はすでにこれを越える二刀使いの動きを知っている。

 乱舞を刀身で受けとめ時には軽々と身をかわす。

 これを繰り返すうちに相手の動きは鈍くなってきた。


 次の攻撃のあとに撃ちこむと決め、威力攻撃の準備をするとグレイスはにやりと笑った。


「簡単なことだ。そいつを封じればいいわけだろう!」


「ああ、できるもんならやってみやがれ!」


 瞬間、刃同士が火花を散らしギリギリと音を立てる。

 だがこれは50%の力で放ったものだ。

 二段目として残りを込めて放つと、グレイスの武器は真っ二つに割れ地面に突き刺さった。


「くっ……何故勝てない!?」


 彼が悔しそうに頭を搔くのを見て、俺は腰元に剣を戻した。


「お前、この間追っ手がどうのって言ってたがなにをしたんだ。二度も負けたんだから事情を教えてもらうぞ?」


「致し方ない。おれは魔族を裏切った『はぐれ魔族』ってやつよ」


「それで命を狙われてるってことか……?」


「あいつらのやり方にはついていけなくなった。ただそれだけの理由で離反したまでだ」


 彼は拳を硬く握り締め、唇を噛むと吐き捨てるように言った。


「意見の相違か。どの組織も根本的には変わらないようだな」


「なにをさも他人事ひとごとのように。これはお前達人間にも関係のあること。魔族はいずれ人の住処すみかを襲うつもりなのだぞ?」


「なんだと? おい、それは確かなのか?」


 俺はグレイスに詰め寄る。


「別に信じなくとも構わん。だがな、先の言葉はよく覚えておくがいい」


 彼は立ち上がると風のようにこの場を去っていった。

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