第7話 大事なことを教えてくれてありがとう
この日の営業が終わるとすぐに事務室に急ぐ。
「来たわね。ではそこに掛けてもらえるかしら」
俺が入るとアリスフィアは言ったとおり待っていた。
椅子に座り彼女が口を開くのを待つ。
その表情は普段目にするようなものとは違っていて、思わず唾を飲み込んだ。
「さて、クレハが予想しているとおりジラルドはネシス病を患っているわ。それは徐々に体力が奪われていき、末期になると体を動かせなくなってしまうものよ」
「そんなの聞いたことがないな。治療法はあるのか?」
「今のところ確実なものはないわ。幸い今の段階では、重い症状ではないのもあってジラルドは元気に振舞えていたのだけれど……」
「突然体調が悪いと言い出したのは、病気が進行したからなんだな?」
アリスフィアは無言のまま頷く。
「皆には黙っておいて欲しいと強く念を押されていたのよ。けれど、いずれは知らせなければと思っていたわ」
「今がその機会だと判断したわけか」
「ええ。私も各地に赴いて、あらゆる薬を集めてどんなわずかな可能性にも望みを託してきたわ。なのに……」
彼女は俯いてしまった。
「事情を聞いたからには俺も尽力するつもりだ。諦めるにはまだ早すぎる。そうだろ、フィア?」
「さすがね。現状ではあなたに知らせるだけに留めておくわ。他の子達に動揺が広がっては、お店のためにはならないでしょうから」
「それがいいだろう。よし、早速情報を集めてくるか!」
差しあたってはギルドだろう。
この時間に開いているかは知らないがひとまず訪ねてみるか。
立ち上がろうとすると、アリスフィアは俺の腕を引っ張った。
「待って、ジラルドのことをもう少し話しておきたいの。それからでも遅くはないと思うから」
「ああ、わかった」
再び椅子に座り彼女と対面する形になった。
「私はジラルドが、ただ単にあなたの可能性だけに賭けたわけではないと思っているの」
「それってここを開店する時の話だよな?」
「ええ。それにはまず、彼の家庭について話さなければならないわ」
ジラルドには仲のいい奥さんと十五になったばかりの息子がいた。
だが息子を不慮の事故で亡くし、それ以来言い争いが耐えなくなると奥さんとは離婚してしまった。
それから彼は必死に仕事に打ち込み、酒場を切り盛りするまでになっていった。
そんな唯一の希望も商会によって潰され、再び立ち上がろうとしていた時に俺が目の前に現れたというのだ。
「でもそれがどうして俺に繋がるんだ?」
「これは私の想像でしかないけれど……。ジラルドはクレハの中に、亡くなった息子さんを見ているのではないかと思っているの。そうだとすると、これまであなたに全幅の信頼を置いてきた説明がつくわ」
この店を始める前ジラルドは俺の目がどうのと言い、半ば強引に任せようとした。
そのあと重大な場面でもすべての決断を委ねてくれた。
ただ、これは近くにいたアリスフィア一人の憶測でしかない。
それでもなぜだろうな。
俺はその可能性を否定したくないと思ってしまっている。
「大事なことを教えてくれてありがとう。俺は絶対に治療法を見つけてみせる」
立ち上がりアリスフィアに背を向ける。
「このことは彼には言わないで欲しいの」
「ああ、わかってるよ」
彼女に軽く手を振り、俺はこの場をあとにした。
「ネシア病についてなにか知っていることはないか?」
翌日朝早くからギルドに出向き、そこにいた職員や周囲の冒険者に聞き込みを開始する。
だが誰もが首を横に振り、有益な情報が得られないまま時間が過ぎていく。
「あ、クレハさん。ちょうどいいところに」
昼頃、リンスさんは受付に交代で入ると俺に手招きをした。
「俺に何か?」
「直接なにかの手掛かりになるかはわかりませんが、お耳に入れておきたい情報がありまして」
「なんでもいいから聞かせてくれないか?」
そう言うと彼女は地図を広げ、ある場所に指を差す。
「この村には
「それは本当か?」
「ですが、この付近のベアルに対抗するには相応のランクでないと厳しいです。クレハさんは今Dですから、もう一段階上がってから向かわれることを強くお勧めします」
こっちが苦戦するようだと村に辿り着けたとしても後々苦労するだろう。
誰かの手を借りるのも手かもしれないが、まずは自分だけでやれることを試していこう。
そうなると地道にランクをあげていくしかない。
「わかった。ランクDの依頼をできるだけ多く回してくれないか?」
「ギルドとしましても、ネシア病については兼ねてより調べを進めています。なので新しい情報が入り次第お伝えしますね」
俺はいくつかの討伐依頼を引き受けてギルドをあとにした。
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