第6話 もう終わったことだし、聞いても大して面白くない話だよ
高校生の頃母親を病気で亡くし、当時父親だった男と二人暮らしになった。
それからの奴は荒んだ生活そのもので、毎日酒を
挙句酔っ払うと決まって暴力を振るう。
俺は大学を諦め卒業後働きだし、引越しの資金を貯めるとなにも言わず家を飛び出した。
父親と口にするのも忌々しい。
俺はあの男が原因で酒を毛嫌いするようになった。
「クレハさん、黙り込んじゃってどうかしましたぁ?」
気づくとユーディーが顔を覗き込んでいた。
もしかすると俺は幸せな家庭が少しだけ羨ましかったのかもしれないな。
「すまない、俺も家族のことを思い出してたんだ」
「おー、よかったら聞かせてくださいよぉ?」
「いや。もう終わったことだし、聞いても大して面白くない話だよ」
俺はもうとっくにこの世界の住人だ。
ここではいいやつらに恵まれて楽しい日々を送れている。
だから、いつまでも過去に囚われているわけにはいかない。
そう思い直し紅茶のカップに口をつける。
「そうなんですねぇ。ところで、フェリスさんとアリスフィアさんのどっちが好きなんですかぁ?」
それを聞いた途端、俺は含んだ中身を吹き出し大いにむせてしまった。
「クレハさぁーん。いきなり何するんですかぁ……!?」
咳がようやく収まり顔をあげると、髪が濡れ涙目になったユーディーが抗議している。
「あ、すまん。そこで大人しくしててくれ!」
彼の背後に回りタオルで優しく拭いてやっていたのだが、あらかた水分を染み込ませたところで手を掴まれた。
振り解けないくらいの力強さに男らしさの片鱗のようなものが見える。
「で、どっちなんですかぁ? はっきりしてあげないと女の子の方が可哀想ですよぉ……?」
「お前まで変なこと言うんだな。仮にそんな状況だったとしても今はまったく考えられないんだよ」
「お店が忙しいのはわかりますよ? じゃあこうしましょうかぁ。何か恋の悩みごとがあったら、あたしにぃ相談してくださいね?」
「よりによってお前にかよ」
「だからですよぉ。あたし達男同士なんですからぁ、いつでも待ってます!」
別に悩んではないんだがな。
まあいいか。
この後しばらく時間を過ごし一緒に店へと戻った。
「クレハさん、最近ユーディーちゃんと親しいですよね……?」
それは開店作業中のこと。背後からフェリスの声が聞こえ俺は振り返った。
さっきの変な質問がちらついたものの頭を振って掻き消す。
「まあな。何事もバランスが大事って言うだろ? 男同士の親睦もしっかり深めておかないといけないんだ」
そう答えると、彼女は何かを思い出したかのように目を大きく広げた。
「そうでした! ユーディーちゃんは男。ユーディーちゃんは男。ユーディーちゃんは男。……よしっ!」
「気合い入れすぎだろ。なにがよしなんだよ」
「いえ、こっちのことです。さあ今日も頑張っていきましょう!」
そう言って元気よく去っていった直後だ。
「クレハ~。どうしてユーディーと一緒に帰ってきたの?」
おいミツキ、お前もか。
俺はいぶかしむ視線を受けて溜息をついた。
「たまたま外で見かけたからだよ。まったくお前らときたら……男相手に変な勘繰りはやめて欲しいもんだな」
俺は彼に背を向けやれやれと手を広げた。
「どうだかね。クレハはやたら人に好かれるし、なにがあっても驚かないんだけど?」
「はいはい、言ってろ。ところで最近食材の仕入れは順調か?」
ミツキの方に向き直る。
「そうだった。それがさ、アインズ達が店に詰めるようになってからはイマイチなんだよね」
「やっぱりか。前からそこは気になっててな。明日にでも手を打とうと思うんだが、足りないものを教えてくれるか?」
「じゃあ早速だけどあれとこれ。それから――」
俺はひとまずリストを受け取り、それを渡すべくジラルドのいる事務室の扉をノックする。
だが返事どころか物音すら聞こえてこない。
「おいジラルド、いるんだろう?」
寝ているのかと思い扉を押すと、椅子に腰掛けている彼が視界に入った。
そういえば祝勝会の時体調がよくないと言ってたな。
それは彼の肩に触れ、揺らした瞬間だった。
「なあ、どうしたんだ!?」
その体は椅子から転げ落ちそうになり、俺は大慌てで支えた。
様子を見てみてると苦しそうに呼吸をしている。
ただごとではないと判断し寝室に運びベッドに寝かせた。
「私が代わるわ。あなたはお店に出なければだめよ」
どのくらい時間が経っただろう。
気づけばアリスフィアが俺の肩を叩いていた。
「フィアは随分と落ち着いてるな。ジラルドはなにかの病気なのか? なあ、知ってるなら教えてくれよ!」
彼女の腕を掴みかけるもするりとかわされる。
「今すぐ命の危険が及ぶものではないとだけ。詳しいことは終わってから事務室でするわ。さあ、行って」
アリスフィアに促され引っ掛かりを残したまま店へと戻った。
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