第4話 女の人にそこまで興味ないですし
「そう、あの大型ベアルまで倒してしまったのね。クレハならとは思っていたけれどさすがだわ」
閉店間際の店内。
カウンターに座るアリスフィアは満足気にグラスを空にした。
ジラルドの読みどおり、彼女はここ最近甘い味のものばかりを好んで飲んでいる。
「フィアにもらった剣なんだが、あれ市販品じゃない気がするんだよな。やたら頑丈で扱いやすいしよく手に馴染むというか」
「よく気づいたわね。あれは昔作成してもらったものなのよ」
「へえ、つまり鍛冶師がいるってわけか?」
俺は腕組みをし、少しだけ前のめり気味に尋ねる。
「ええ。今はまだその時ではないけれど、近いうちにクレハにも紹介するわ」
「なんだよもったいぶって」
「私にもたまには先輩ぶらせて欲しいわね?」
彼女はふふっと笑い、人差し指を立ててウインクをした。
お預けをくらってしまったがオーダー品の存在には興味を引かれるな。
せっかく長く使っていくのなら、自分だけの武器はなんとしても手にしておきたい。
「あのぉ、クレハさん。ちょっとご相談がありましてぇ」
ユーディーはいつの間にか隣にいて、もじもじしながら上目遣いで俺を見ていた。
ちょうど店内の客はアリスフィアのみだ。
「俺は別に今からでも構わないんだが、お前としては店を閉めてからの方が都合がいいか?」
「頼りになりそうなお姉さんにも、一緒に聞いてもらいたいので今ぁです!」
ユーディーは言いながらアリスフィアを見つめる。
「いい判断ね。ランクAというのはね、なにも特級依頼をこなしているだけではないの。こう見えて人生相談もお手のものよ?」
このドヤ顔である。
こいつ案外ちょろいんだよな。
目を輝かせているアリスフィアはともかく、ひとまずはユーディーをカウンターに座らせた。
「実はですねぇ、しつこいお客さんがいるんですよ。店だけじゃなくてあたしがぁ終わるのを待ってたりして……」
ユーディーには珍しく表情が暗くトーンも低い。
これは余程のことなんだろうか。
「そうだったのか。よし、こっちからその男に話をつけてやるよ」
俺が語気を強めて言うと、ユーディーはぼそっと囁くように口を開く。
「あのぉ、それがですね……。その人は女の人なんですぅ」
「相手が男性ではないのなら話は変わってくるわ。ユーディー君、それはもう男女のことよ」
真剣な面持ちでアリスフィアは語り出した。
「でも、あたしぃ。女の人にそこまで興味ないですし。その人には悪いんですけど、やんわりとお断りできないかなと思いましてぇ」
俺はアリスフィアにお代わりを差し出しユーディーに視線を戻す。
「そういえばお前の恋愛対象は男なのか? その言い方だとそう聞こえなくもないが……」
「どうなんでしょうねぇ。自分のことなのにぃ、自分でよくわかってなくて」
ユーディーは溜息のあと頬杖をついた。
「なんだか複雑な話ね。難しいことは置いておくとして、一度その女性と話し合ってみなければならないわね」
アリスフィアは一気に酒を飲み干し、カウンターにグラスを勢いよく置く。
ユーディーはその豪快さに目を丸くしたあと、縋るように俺を見つめだした。
「そこでなんですけどぉ、クレハさんにご協力をお願いしたくて」
「話し合いに同席しろとかじゃないだろうな?」
「一人じゃ怖いんですよぉ」
ね? と言って彼は俺の腕を引っ張った。
俺は不意にどきりとしてしまい頭を振る。
本当、見た目だけは女の子だな。
「話はついたようね。もしユーディー君が女の子だったなら、私はあなたを全力で止めていたでしょうね」
意味深な言葉を残しアリスフィアは店から出ていってしまった。
「クレハさん、今のはどういう意味なんですかぁ?」
ユーディーはさっぱり飲み込めていない様子だ。
「安心しろ、俺にもよくわからん。それはともかくだ、さっきの話をもう少しよく聞かせてくれ」
彼にご執心な様子のその女の名はミィス。
見た瞬間に心を奪われたとかでいわゆる一目惚れをしてしまったそうだ。
展開によっては、やんわりどころかきっぱりと断る必要も出てくるかもしれない。
そうなった時に厄介なことにならなければいいのだが。
閉店後、事務室でそんなことを考えているとミツキがやってきていた。
「どしたん? 話聞こか?」
「お前それやめろ」
「冗談冗談、何か悩んでそうに見えたからつい。ま、聞くだけならオレでもできるし言ってみ?」
腹が立つくらいに爽やかに言ってくれるが、今こいつにユーディーの話は聞かせられないな。
関係が余計にこじれるのは勘弁願いたい。
「ああいや、大したことじゃない。明日の昼食をどうしようかなってな」
「なーんだ、意外と軽い悩みだったんだ。じゃあここは一つ、オレのオススメについて語らせてよ」
ごまかすにも話題を間違えたか。
俺は遅くまで興味のない話に付き合わされるはめになった。
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