第2話 なんなら、あの子のために毎日通っちまう勢いだぜ?
「えっとぉ、あたし何かしましたか? もしかしてぇ、もう首ですか……?」
ユーディーは今すぐにでも泣き出しそうな顔をしている。
それも無理はない。
俺は事情聴取のため、誰もいない事務室に彼女を一人呼び出したのだ。
「そういう話じゃないから安心してくれ。ただ、お前の個人的な事情について知っておかないといけないと思ってな」
「と、いいますとぉ……?」
「言いにくいんだがこちらも責任者として見過ごすことはできない。俺が何を聞きたいのかわかるか?」
視線を向けるとユーディーは大きく溜息をついた。
「いきなり見抜かれたのは初めてですぅ。あたしのぉ性別の話ですよね?」
「まあそうなるな。教えてもらってもいいか?」
「はい、もちろんですよぉ!」
彼女は思いのほか元気そうに振舞いながら続ける。
「あたしぃ、子供の頃から女の子として育てられてきました。だからずっと自分のこと女だと思ってたんですねよぇ。でも、十歳になったくらいの時に本当は男だって気づいてしまったんですぅ」
「なるほどな。その喋り方も昔からか?」
「はい。なかなか抜けなくて悩んでまぁす」
明るい口調と笑顔のせいで、まったく悩んでるようには聞こえないからこっちが困惑する。
「どうにも複雑な環境にあったみたいだな。他のメンバーにも話さなければならないんだがそれは平気か?」
「もちろんですよぉ!」
「話してくれてありがとな。それじゃ今後もよろしく頼むよ」
「はぁーい!」
彼女は嬉しそうに出ていく。
直後、倒れるような音と悲鳴が部屋の外に響くと俺はすかさず後を追った。
「じゃあ今日から正式に調理場補佐としてユーディーに入ってもらおうと思う。給仕も兼ねる都合上、その時はフェリスとスゥがサポートをしてやってくれ」
恒例のミーティングを済ませ営業が始まった。
いまだ緊張気味ではあるがユーディーの動き自体はよくなりつつある。
「あの新しい子、調理場担当なのかい? こっちに出てきてくれてもいいくらいの
カウンター席の馴染み客がユーディーを目で追いながらぼやいた。
「まだ不慣れなところがあってな。ま、これから長い目で見てやってくれよ」
俺の言葉を受けて、男は酒を一息に飲み干し空のグラスをカウンターに置く。
「なんなら、あの子のために毎日通っちまう勢いだぜ?」
「ああ、そうしてもらえるとあいつも喜ぶんじゃないか?」
ユーディーが男だと知ったらそれはもうひっくり返るだろうな。
俺は酒のお代わりを渡し、内心状況を楽しみつつ店の様子を見渡した。
「お前、あのおっかない館の噂知ってるか? 」
それはカウンター近くのテーブル席から聞こえてきた。
冒険者といったいでたちをした男女の客が話をしている。
「なんて名前だったか忘れたけど、いかにもって感じのとこよね?」
「確か『レイズナーの館』って言ってたな。そこには、腐ったようなベアルがわんさか出てくるんだとよ」
「想像するだけでもぞっとするわね。あたしだったら絶対近寄らないわ」
「ただな、最奥には見たことのないお宝が眠ってるって話だ!」
「そんなのただの噂話だって。すいませーん、注文いいですかー?」
腐ったベアル、つまり不死系と見てもいいのかもしれない。
今の武器が対アンデッド仕様なことを考えると有利を取れそうだ。
たがいくら武器がよくても、敵のそもそもの強さがわからない。
もう少しだけ情報を集めるとしよう。
「ねえクレハ、聞いてる?」
それから時が経ちアリスフィアが話しかけてきていた。
店はラストオーダーを過ぎて閉店間際だ。
「ああすまない。考え事をしててな」
「お店のこと? それとも私?」
「残念だがどっちもハズレだ。一応言っとくがフェリスでもない」
「そうなると冒険者と関係のあることしかないわね。ここは先輩として相談に乗るわよ?」
と言って彼女は自身ありげに胸を叩いたのだが、俺は先日の一件を思い出しそうになり目を逸らす。
「さっき小耳に挟んだんだが、『レイズナーの館』ってのはどんなところだ?」
「あそこは不死のベアルしかいない場所よ。通常のものよりタフなのもあって、好き好んで近寄る冒険者はほとんどいないわ」
「適正なランクはどのくらいなんだ?」
「そうね……CからB程度かしら。これはもちろん単独の場合ね」
「パーティーなら多少低くてもいけるのか?」
「深部にまで行かなければね。クレハ、あなたもしかして行くつもりなの?」
彼女はグラスを傾け中身を飲み干した。
「せっかくだし試してみたいんだ。あの石のことはフィアも知ってるだろ?」
「なんだかクレハも冒険者らしくなってきたわね? もっとも、行くならフェリスの力を借りた方がいいと思うわ。特にアンデッドは聖なる力に弱いから」
日課の素振りを終えて眠りにつく。
お宝などには興味はないが、これからも挑戦だけは続けていきたいと思う。
この夜が明けたら早速彼女に話を持ちかけてみよう。
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