エピソード5 死に至る病
第1話 突然ですけどあたしを雇ってください!
あの勝利を境に店を取り巻く環境が変化しつつある。
新メニューの効果は大きく、売り上げは右肩上がりだ。
ただ単純に客数が増えたのは喜ばしいのだが、そうなると人手不足の問題にぶちあたる。
時間によっては給仕が足りないタイミングがあり、ジラルドの手を借りることも少なくない。
それ以上に調理場は激戦区だ。
新しくなったキッチンに喜んでいたはずのミツキは、ここ最近死んだ魚の目をして包丁を握っている。
このままでは彼はノイローゼになってしまうだろう。
それはなんとかして人員を増やさねばと考えていた矢先のことだ。
「あ、あのぉ。誰かいますかぁ」
ギルド依頼を終えてフェリスと店に戻ってくると、誰かのか細い声が聞こえてきた。
どうやら声の主は店の入り口の外にいるようだ。
「おいどうした? まだ開店時間前なんだがな」
淡い桃色の髪をした女に声を掛ける。
顔を覗き込むと、スゥとまではいかないがフェリスくらいの幼さを感じる外見だ。
「あのぉ! 突然ですけどあたしを雇ってください!」
俺はしがみつかれ、その必死さにひとまず話を聞くことにした。
「まず名前を教えてもらえるか?」
「あたしはユーディーと言います。このお店はこれで知りましてぇ」
彼女はうちの店が配っているチラシを取り出した。
「クレハさんクレハさん、この子前に行ったお店の給仕さんだと思います。覚えてませんか?」
隣のフェリスが俺を見ながら耳打ちする。
「ああ、あの派手にすっ転んだおっちょこちょいの給仕か!」
「ど、どうも。あたしいつもああなんで、ついに首になっちゃいましたぁ……」
ユーディーが頭を抱えだすと、フェリスはあわわと口を抑えた。
「それでうちに来たわけか?」
「何かの縁だと思いましてぇ」
ユーディーはまるで捨てられた子犬のような目をしている。
「なぜだかこの子のことを放っておけません。クレハさん、わたしからもどうかお願いします」
フェリスは頭を下げ、それを見たユーディーもぺこりとしたのだが俺は頭をかいた。
「それがな……給仕も足りないと言えば足りないんだが、今は調理場の方が大変なんだ――」
「じゃ、じゃあそれやります! 給仕じゃなくてもいいですから、お願いしますよぉ」
ユーディーは食いつくように割って入ってくる。
あのてんてこ舞い加減だと不安は不安だが、現状誰でもいいからいて欲しい。
言い方は悪いが別の適任者が見つかるまでの代役としてだ。
そんな消極的な考えからだが、ひとまず彼女には加入してもらうことにする。
「へえ、こんな可愛い子が手伝ってくれるの? オレちょっとやる気出てきたかも!」
調理場での初顔合わせを終えてのことだが、ミツキの見境のない歓迎ぶりには一定の評価がある。
ユーディーは意外にも飲み込みがいいらしく、傍から見ていると二人は師匠と弟子のようだ。
ただ、給仕となるとやはり
「もしかすると、彼女は誰かに見られていると動きが硬くなってしまうのかもしれないね」
体調不良もなんのその、ジラルドはそう分析していた。
言われてみれば調理場に客の視線が向くことはほとんどない。
だからこそ伸び伸びできてる可能性があるのか。
「クレハさぁん、本当にありがとうございます。あたし、今すごく楽しいですぅ」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。今後も頼りにしてるからな」
「は、はひ! がんばりまひゅ!」
と言って彼女は直後すっ転んだ。
うん、あまり期待を掛けすぎない方がいいのかもしれないな。
「ところでクレハ。ちょっと……」
営業が終わり、やってきたミツキが俺だけに聞こえるようにぼそっと囁く。
「今度はユーディーを好きになったとか言わないよな?」
「いや、そのユーディーの話なんだけどさ。クレハはこの世界の名前のルールを覚えてる?」
「確か男の名前には濁点がついて、女には『ス』がつくんだったよな。それがどうしたんだ?」
「だからさ、その……。ユーディーって本当はそういうことなんじゃないかと思って」
俺は言葉を失い、それを見てかミツキも無言になってしまった。
お互い視線が合ったまま深く頷く。
「人間、すべてを知る必要はない。そうだよな。お前もそう思うだろ?」
「うん、クレハの言うとおりだよ。でもユーディーくらい可愛ければどっちでもいいかもって思うオレもいるんだ」
彼は明らかに挙動がおかしい。
「おい、戻ってこい。変な扉が開きかかってるぞ。とにかくフィアのことを思い出すんだ!」
「うう、アリスフィアさんにユーディー。一体オレはどうすれば……!?」
死んだ魚の目から一転、ある意味元気にはなったようでなによりだ。
それにしても、これまでのメンバーの中で一番強烈な印象がついてしまった。
繊細な話題でもあるし本人に直接聞くのはどうかとは思っている。
だが今後のトラブルの可能性を考えれば、はっきりさせておいた方がいいかもしれない。
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