第10話 次こそは絶対に絶対に絶対に絶対にっ

 商会との対決の日がやってきた。

 今回はそれぞれの店に審査員が来訪することになっている。

 そして、相手の店のジャッジの際には立ち会わなければならないというルールがある。


 まず午前中にこちらの店にシア達フラールの幹部と審査員が来る。

 午後は俺達があちらに移動し、勝敗の結果を受け取るという流れだ。


「ねえ、その審査員って商会の用意した人間とかじゃないよね?」


 準備をする最中ミツキが俺に尋ねてきた。

 昨日が嘘のように、すっかり血色もよく万全といった表情に戻っている。


「いや、今回担当するのは俺が要求しておいたギルドの連中さ。仮に根回しがあったとなれば、ギルドとしては今後の信用にも関わるだろう。だから心配するようなことにはならないと踏んでる」


「それ聞いて安心したよ。よし、早速仕上げと行こうかな!」


 彼は仕込んでいた食材を両手に忙しそうだ。


「まったく、クレハも人遣いが荒いわね」


 背後からアリスフィアが囁いた。

 彼女は俺が「ミツキを応援するように」と頼んだ件について言及しているのだろう。


「まあそう言うなよ。勝利を確実にするには重要なことだ。それにな、あんまりミツキを邪険にしないでやってくれよ」


「クレハの頼みなら考慮に入れておくわ。ところで、向こうに行って帰ってくるとなると遅くなってしまわないかしら?」


「その心配はいらない。ちょうど近くの宿を予約していてな。おまけにそこには露天風呂があるそうなんだ」


 皆の日頃の疲れを癒す意味でも持ってこいだ。

 こっそりと勝ちを前提にして、明日を臨時定休にする予定なのは誰にも内緒にしてある。


「本当抜け目のない店長さんね?」


 アリスフィアはふふっと笑う。


「さて、フィアもいったん裏に下がっててくれ。終わり次第また呼ぶよ」


 彼女との会話を打ち切り、俺は店外店内問わず最終チェックに勤しんだ。


「女神の溜め息へようこそいらっしゃいました。お荷物はこちらでお預かりいたします」


 約束の時刻。

 店内に審査員が続々と五人現れると、フェリスとスゥが笑顔で出迎えた。

 打ち合わせどおりの落ち着いた雰囲気を声色からもうかがえる。

 まずは上々といったところだろう。

 そう思っていると商会のやつらがやってきて、その中のシアが俺に会釈をした。


「本日のお品書きをご覧ください。こちらの四品は料理長自慢の新作料理です」


 フェリスがメニュー表を配る。

 これは彼女がレイアウトを考えた真新しいものだ。


「お飲み物はお酒からそうでないものまでございます」


 スゥはそれぞれの好みを聞き注文を取ってまわり、


「お願いします」


 そのまま注文票をキッチンとカウンターまで持ってくる。

 彼女は去り際に、客席から見えないようにとした。

 これまで見た中でもダントツに悪い笑顔に戦慄を覚える。

 さて、ここからは俺達男性陣の出番となる。

 ミツキと目配せをすると互いに頷き注文に取りかかり始めた。


 オーダーはあの四種を含む計五品。

 恐らく今回はすべてのメニューを見たいのだろう。

 グラスにカット済みの果物を乗せては浮かべる。

 俺は深夜までに及んだ練習どおりに手早く仕上げていった。


「お待たせいたしました。こちらが――」


 まずは飲み物から順番に提供されていく。

 口をつけた瞬間に五人は頷きなにやらメモを取り始めた。

 続いて料理が運ばれていくが、ミツキの表情からして会心の出来なのだろうとわかる。

 こうして時間が経ち俺達の店の評価が終わった。

 テーブルには何一つとして残された様子はなく、それだけで判断するなら上出来と言っていいだろう。


 午後になり今度は俺達がフラールに赴く番だ。

 道中をともに歩くメンバーは誰一人何も口にしない。

 だがその表情と足取りは、なんとも頼りがいのある誇りに満ちたものに思える。


「さて皆、行くとしようか」


 それだけを発すると全員が頷き、店員ではない面々と一旦別れ決戦の場へと入る。

 午前中と同じようにここでも審査が行われるが、俺達にできるのは見ていることだけだ。


「まずはお飲み物をどうぞ」


 テーブルには敵情視察の時と同じような酒が並んだ。

 俺の時とは違い、審査員はじっくりと香りを楽しんでいるように思える。

 続けて来た料理もほぼ変わらない内容だ。


「では、審査結果に移ります。総合的に優れていた方の札を上げてください」


 ついに雌雄を決する時が来た。

 腕組みをし、余裕綽々しゃくしゃくといった風に微笑むシアから視線を逸らさずに結果を待つ。


「女神の溜息、フラール、フラール、女神の溜息」


 二対二、ここまでは同票だ。

 ふとメンバーの様子を伺うと、ミツキとスゥは口元に笑みを浮かべている。

 ただフェリスだけは不安そうな表情をしながら、祈るように硬く手を握っている。

 俺と目が合うと、彼女は頷きすぐににっこりと笑った。


「――女神の溜息。よって、女神の溜息の勝利とします」


 三人が俺のところにやってこようとしたのだが、まだ総評は続いているようだ。


「今回は接戦でした。決め手となったのは新しいメニューを開発し、どれもレベルの高いものだったこと。前評判どおりのままであればフラールさんが勝利していたかもしれません」


 俺が強行してたら負けてたかもしれない。

 冷や汗と心拍数の上昇が止まらない。

 三人と顔を見合わせふうと深い息を吐く。

 ひとまず安堵しているとシアが拍手をしながら歩み寄ってきた。


「お見事でしたわ。今回は負けましたけれども、次こそは絶対に絶対に絶対に絶対にっ、あなた様を頂きにまいりましてよ~!」


 彼女は言葉こそは悔しそうだが、どこかやりきったという表情をしながら手を差し出してきた。

 ひとまずはよきライバルとして握手に応じておこうか。


「おう、二度と来んなよ!」


 意外にも変な工作などはなかった。

 商会の下っ端はともかく、こいつ自体は思ってたよりも悪党じゃないのかもしれないな。

 ただ、今後も関わってきそうではあるし気だけは引き締めていこう。

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