第9話 『据え膳食わぬは男の恥』という言葉を知らないみたいね?

 たった今、俺は転生史上最低最悪の目覚めを迎えている。

 宿屋の簡素なベッドの上、漂う酒臭さにこっちも酔っ払ってしまいそうだ。

 そしてその元凶は俺の胸元で大きないびきをかいている。


「フィア、どけ! どいてくれぇー!」


「だめ、もう一杯だけえ……! あと一杯でかえるのぉ~!」


 アリスフィアは俺に抱きつく形で完全に熟睡状態だ。

 こいつはこれさえなければ言うことはない。

 部屋がなかった都合上、仕方なく同室となったがここまで酷いものだとはな。

 結局俺は彼女の目が覚めるまで拘束されていた。


「ところで一夜の過ちはどうだったかしら?」


 帰り道、先を歩くアリスフィアが悪びれずにウインクをした。


「お前は過ちばかりの人生だな。本当にいい迷惑だ」


「クレハは『据え膳食わぬは男の恥』という言葉を知らないみたいね?」


「勘弁してくれ。臭すぎて変な気になる暇もなかった」


「あら、私がお酒を飲んでいなければ何かがあったとも聞こえるわ。それはさておいて『シャイニーストーン』の付与のやり方は知っているの?」


「いや、わかってないんだ。武器屋あたりに頼めばいいのか?」


「では特別に教えてあげましょう。剣とそれを貸してちょうだい」


 と言って立ち止まり、アリスフィアは手渡したロングソードにシャイニーストーンを近づける。

 それらが完全に触れ合った瞬間、光り出した石は武器に取り込まれるようにして消えた。

 すると刀身はほのかな白い輝きに包まれている。


「はい、これで完成よ」


「意外と簡単なんだな。で、この付与は一回きりなのか?」


「いいえ、こうやって戻すこともできるわ」


 彼女が剣の柄を両手で握ると再び石が現れた。


「武器を新調しても付け替えられるってわけか。ありがとなフィア」


「お礼はまた過ちをともにするということで。もちろん今度はお酒抜きでよ?」


「ああ、お前が鋼を越える硬い意思を持ち合わせてればの話だがな!」


 そうこうしているうちに街に到着しアリスフィアと別れ店に戻った。


「よし、ちょっといいか? 今から何点か確認しておきたいことがあるんだ」


 俺は給仕の二人を呼び出した。

 フェリスはいつもながらにはつらつと、スゥはだるそうにしている。


「昨日言っていた、勝負の日のわたし達の接客についてですよね?」


 フェリスが手を上げた。


「そうだ。普段してるような感じは出さなくていいから、あくまでも丁寧な接客を心がけて欲しい」


「その方が印象良さそうですもんね。仕方ないですけど不本意ながら頑張ってみます」


 スゥは一人笑顔を作る練習をしだした。

 彼女のにたっとした不慣れな感じの表情に威圧感を覚える。

 昨日フラールで見せたくらいのが自然なんだがな。


「店の清掃は俺がしておこう。あとは二人で全体的な動きを打ち合わせといてくれないか?」


 そう言い残し、続けてキッチンへ向かう。


「ミツキ、進捗しんちょくはどうだ?」


「いやー、さすがに苦労してるよ。なんせ完全な新作が四品だからね」


 彼の目の下にはクマが浮かんでいて、表情の覇気のなさからもあまり眠れてないだろうことがわかる。


「足りないものや欲しいものがあるならすぐに教えてくれよ? 今なら特別になんでも用意してやろうじゃないか」


「強いて言えばアリスフィアさんの応援かな。なんなら手作りのお菓子でもいいよ。なんならデート一回でも」


 俺を見る目が血走っている。


「……ああ、善処するよ」


 さてと、あまり気は進まないがこっちも新作開発の時間だ。

 カウンターに戻り意気込んでいるとジラルドがやってきた。


「やあクレハ君。これはこれは大量に採取したようだね」


 彼は果物の山を見ながら笑顔を浮かべると小さなナイフを取り出した。

 慣れた手つきでそれらを器用にカットしていく。


「見事なもんだ。さすがは元店長だな」


「それほどでもないよ。さて、お次はっと」


 カットしたばかりの黄色の果物をしぼり酒と混ぜ、オレンジ色の果物をグラスのふちに乗せるように飾り付けた。

 確かこういう酒をどこかで見たことがあるな。


「こういったものを前の店では出していたんだ。あとはこうかな」


 いつもの酒を炭酸水で割り、グラスの中に黄色の果物を浮かべた。


「なるほど。これなら酒に強くなくても飲みやすそうだな」


「少し試してみるかい?」


 俺はグラスを差し出されるも首を振る。


「いや、遠慮しとくよ。もうこれで二品か……あっという間だな」


「まだまだだよ。もう一つとっておきがあるんだ」


 さっきと同じように炭酸で割った酒を用意すると、その中に今度は赤い果物を入れた。


「味が違うわけだな。でもなんでとっておきなんだ?」


「これはかなり甘みの強い果肉でね。特に女性には人気なんだ」


「うちはどちらかと言えば男性客が多いし、今後の顧客開拓も考えると悪くないかもな」


 結局俺は見ているだけだったが仕方ない。

 それでもやり方は覚えたし、今後種類を増やす時には自分でやってみるか。

 ひとまずは通常のものを含めこの四種類を提供していくことに決めた。

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