第6話 あいつにバレると面倒なことになる
「いらっしゃいませ。四名様ですね、こちらへどうぞ」
俺達は『フラール』という、商会が運営する隣街の店へやってきた。
店内は外装内装ともに黒を基調としていて、どことなく落ち着いた雰囲気を
昼過ぎの客足の鈍くなる時間帯を見計らった甲斐もあり、すぐにテーブル席に通された。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
そう言って給仕は去っていくがあまり愛想はよくないようだ。
「さてと、何をいただきましょうか……」
すでにやる気満々なフェリスが真っ先に声を上げた。
服装は上下とも黒でスカートはロング丈。
つば広の白い帽子を被り、いつも下ろしている髪を三つ編みにしている。
文庫本を片手にいかにも文学少女といったような
「フフッ。ボクはここからここすべてを頂こうかな」
完璧にキャラまで仕上げてきたアリスフィアがそれに続く。
髪型はツインテールからポニーテールにチェンジして、大人しい印象が増した。
ぴちっとしたスーツを着こなし、男装の麗人という言葉がよく似合う。
「私はお姉様と同じものがいいです~」
ショートな髪型は変化の幅がほとんどないせいか、彼女は前髪で目元を隠すようにしている。
服装はフェリスが普段着るようなワンピーススタイルだ。
普段浮かべない笑顔を練習してきたらしく、まるで別人のように思える。
「注文は以上でお願いします」
「かしこまりました。しばしお待ちください」
料理や酒が運ばれてくると、俺達は黙々と食事を始める。
ここで品評会を始めるわけではないから当然と言えば当然だ。
フェリスは大目に頼んでおいた料理を平らげていく。
アリスフィアは言うまでもない。
そういえばスゥの食べるところは見たことがなかったな。
そんなことを思いながら食べ進めていると、どこかから聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「ここ最近は売り上げが落ちていますわね。やっぱり、あの方がいなくてはなりませんわ」
独特な口調からシアなのがわかり、小さく咳払いをする。
すると三人の注目が俺に集まる。
「あいつにバレると面倒なことになる。いいか、絶対に目立つなよ?」
小声で告げると彼女らは了解と言わんばかりに頷いた。
「あら、そちらのお方!」
シアがこのテーブルに近づいてきている。
まずい。
まさか俺が真っ先に気付かれたか?
「おや、私に何か御用ですかな?」
俺は中折れ帽を深く被り、できる限りの低い声で答える。
「あまりお見かけしないお客様だと思いまして。本日はどちらからお越しになりましたの?」
「遠方からだ。しかし、この店の料理と酒は実に素晴らしいね。
完全にアドリブだったが三人は対応して頷いた。
「ありがとう存じますわ。それでは、引き続きごゆっくりお
さすがに客相手だと丁寧な応対をするようだ。
お辞儀をするとシアは他のテーブルに移っていった。
よし、こんなところでいいだろう。
引き揚げ時だと判断してテーブルを見渡すと、フェリスとアリスフィアはいまだに飲食を続けている。
俺は溜息を吐きつつもすべてが終わるまで待つことにした。
「三人とも今日はありがとう。さて、フラールはどうだったか教えてもらえるか? まずはスゥからだ」
店に戻ってくると早速結果を伺う。
「店内や食器、グラスの清潔具合はここと同じかそれ以上だと思います」
「確かにフロアだけ見ても輝いてたもんな。接客はどうだ?」
「これに関してはスゥ達の圧勝でしょう。お姉様とスゥという不動の可愛いコンビがいるんですよ。お話になりません」
見るからにちぐはぐなウインクが返ってきた。
こいつ、しれっと自分を可愛いの括りにいれてやがる。
まあそのとおりだとは思うが、下手に褒めると調子に乗りそうだし黙っておくとする。
「いや待て。その評価は主観が入りすぎじゃないか? まあ次にいこう」
むすっと頬を膨らませたスゥからアリスフィアに視線を向ける。
「さすがは高級なお酒ばかりだったわね。値段相応の質を保っているように思うわ。けれど、私はクレハのお酒のほうが気取っていなくて好きよ」
「それは嬉しいんだが、その言い方だと決して勝ってはいない感じだな」
「まあ、公平なジャッジをするならそうね」
「正直に言ってもらえて助かるよ。フェリスはどうだった?」
最後は要となりそうな彼女だ。
「どちらも美味しいと思います。でも、全体的なバランスを考えるとミツキさんってやっぱり素晴らしい料理人ですよね」
「ああ、一字一句違わず本人に聞かせてやりたいよ」
「それで、店長さんから見た印象は?」
アリスフィアが首を傾げる。
「向こうは悪くはないが、寛げるかどうかで言えば疑問符がつくな。まあ俺としては前にも言ったが勝ちにいくつもりだ」
そう返事をすると、フェリスとスゥは以前とは違って乗り気だ。
それに対してアリスフィアは言葉を続ける。
「今のままでもいいのかもしれないけれど、改良できる部分があるなら取り入れてもいいかもしれないわ。もちろん、勝ちを
そういえば考えてもみなかった。
俺は酒の味を変えるようなアレンジをしたことがない。
接客を始めとした店内周りはもう一度確認した方がいいかもしれない。
そしてなにより料理に一層磨きをかけられれば、大きなアドバンテージを得られる。
それ以前に、店として変化を取り入れてみること自体は悪くなさそうだ。
「そうだな。皆、よりよい店を目指して明日からもよろしく頼む!」
思いつく限りのことは全部やっていこう。
勝負に向けて新たな課題を掲げつつ、この日は解散となった。
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