第4話 あなたを頂こうと思い立ちましたの

「そういえばマスターさん。最近はすっかりガラの悪い人が減りましたね~」


 あれからはや一週間。

 カウンターでグラスを磨いていると、若い常連客の男がそう声を掛けてきた。


「ああ、営業中は冒険者が誰かしら詰めててな。そいつらが問題は起こさせないって躍起やっきになってるんだ」


「なるほど……それでなんですね。初めはおっかなびっくりだったけど、本当安心して飲めますよ!」


 どうやら護衛を置いた効果は早くも出始めている。

 店のメンバーもアインズ達ならと一安心したようで、以前のような不安を漏らすこともなくなった。

 特にミツキは前々から、俺の知らない間に新作の試食と称して三人に色々と振舞っていたらしい。

 もしかすると実質彼のおかげなのかもしれない。


「それではお休みなさい。お夜食はいつものところにありますからねー」


「いつもありがとなフェリス」


 それは営業後一人になり、外で素振りをしていた時だ。

 ふと足音が聞こえ視線を向ける。

 目の前にはルリシアス――商会の代表だという派手なドレスを着た女が立っていた。


「お前また来たのか!」


 俺は持っていた木刀を構える。


「もう、シアでよろしくてよ。あなた様が仰ったとおりお店には立ち入っていませんし、こちらでしたら問題ないでしょう?」


「で、代表様が何の用だ」


 木刀をひとまず下ろし、ルリシアスから視線を外すと素振りを再開した。


「クレハ様、そう邪険になさらないでくださいまし。お店に大きな変化があったと聞きつけた次第なのですわ」


「そもそも俺は名乗った覚えはないが?」


「調べなど赤子の手を捻るがごと~くっ。さて、今宵お訪ねしたのはわたくしも考えを改めなければと思いまして」


「回りくどいな。いいから本題に入れよ」


「つきましてはクレハ様。わたくしはお店ではなく、あなたを頂こうと思い立ちましたの」


「はぁ?」


 俺は思わず動きが止まり、声の方に首を傾ける。

 自信満々に腕組みしたルリシアスはこう言ってのけた。


「ずばり引き抜きですわ! あなたの手腕を見込んで、商会の店を取り仕切って頂けたらと!」


「お前正気か? 俺がそんな申し出をありがたく思うとでも?」


「ですわよね。そこで一計を案じましたの。わたくしとの勝負を受けてくださいませんこと?」


「何をさせたいのか知らんが、俺達は遊んでるほど暇じゃないんでね」


「あら、そちらにとっても悪くない話でしてよ。それでもお聞きになりませんの? あーらあら、きっとあとから後悔することでしょうね!」


 俺は立ち去ろうとしたルリシアスを引きとめてしまっていた。


「つまり、追い払わずに話を聞いてしまったわけですね。意思薄弱はくじゃくよわよわ店長~」


 翌日、開店を控えたミーティング時。

 持ち掛けられた内容を皆に相談してみたところ、スゥからは煽られる始末だ。


「まあそう言うなよ。勝ったら店内設備を無償で新調してくれるって話なんだぞ?」


 言いながら店のキッチンなどを見渡す。

 決して悪くはないのだがやはり古臭さは否めない。

 いずれは改装をと考えてもいたのもある。

 ただ、その資金まで回らない現状としてはまたとない機会だろう。


「だったらオレのとこが最優先かな! 今は本当騙し騙しでやってるからさ」


 ミツキは我先に賛同してくれた。

 俺はそれに大きく頷く。


「ちょっと待ってください。でも、もし負けたらどうするんですか?」


 フェリスが不安そうな声を上げた。


「さすがはライバルね。私もフェリスの意見に同意しておくわ」


 やはりアリスフィアも黙ってはいない。


「店長があっちに移籍させられるとなると、ちょっとあり得ませんよ。ね、お姉様?」


 スゥは相変わらずフェリス最優先のようだ。

 完全に男女で意見が分かれてしまった。


「ジラルドはどう思ってる?」


 俺はひとまず助けを求めるように問いかける。


「僕は先に言っているとおり、君の判断に任せるよ。ただ、君が負けるような勝負を好んでするとは思えないかな」


「それはそうだ。俺達の店がそこらの金持ちに負けるはずがないだろう」


「私達だって信じていないわけではないわ。ただ、『商会の店とこの店でどちらがよりよいサービスをするか』の対決なのでしょう? 万が一にもという可能性も考えた方がいいわ」


 アリスフィアが視線鋭く真剣な表情をすると、女性陣どころかミツキやアインズ達も頷いた。


「そうだな……自信過剰もよくないか。ここは一つ、不安要素を潰すために敵情視察でもしてみるか」


「まだ引き受けるかは決めてないんだよね? だったらそれ自体はいい考えだと思うよ」


 さすがは心の友ミツキ。

 新型キッチンが掛かっているだけのことはある。


「俺達の目で確かめて、いけそうだと判断できれば勝負に出ようと思う。皆、これでどうだろう?」


 女性陣からは渋々といった反応を示されたがひとまず賛同を得られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る