第3話 この程度ならどうってことはないな

「よし、準備はいいかフェリス」


「はい。これは昼食でこっちはおやつ……それからお茶も用意しました。そうそう、心配しないでください。ちゃんとクレハさんの分もありますからね!」


「ちょっとしたピクニックかよ。お前本当いい性格してんな」


「えへへ、それほどでも!」


「誰も褒めてねえよ」


 久しぶりの定休日、俺達は早朝からギルドの洞窟探索の任に就いている。

 任務とは言えランクも低く危険度はさほどない。

 身も蓋もない話、次のランクのための通過点といったところだ。


「クレハさん、さくさく行きましょう!」


「それでも気だけは抜くなよ。ベアルが出てきたらすぐに俺の後ろに回ってくれ」


「わかりました! では、支援魔法を掛けます」


 直後光に包まれると、いまだこれがどういった効果なのかは不明だが体がわずかに軽くなる。

 ロングソードを引き抜き先陣を切りつつ、俺達は洞窟への進入を果たした。


「うわぁ、思ってた以上に暗いですね。すぐに明かりを灯します」


 するとランタンのような火が頭上高くに浮かんだ。

 さすがに遠くまでは見渡せないものの、フェリスの魔法で周囲一帯への視界を得てさらに進む。


「おでましだ。距離を取りつつ辺りを警戒してくれ!」


 スティールバットと呼ばれる真っ黒なコウモリが数体襲い掛かってきた。

 こいつは初期モンスターではあるがすばしっこく人の血を吸う習性がある。


 先制して一匹目を叩き斬ると、血飛沫とともに断末魔が洞窟内に響く。

 体験したことのない実戦というものに初めこそは体が震えすくみ上がった。

 それと同時に生命を奪うことへの躊躇ちゅうちょもした。


 だが、やらなければこっちがやられる。

 死んでしまえば何もかもおしまいなんだ。

 それだけを考えれば、どれほどの言葉を尽したところで何の意味もなさない。

 必死に足掻く以外の選択肢なんて初めからなかったのかもしれない。


 これまでに何戦かを交え、ようやく迷いを断ち切れた俺は命を賭したやり取りに慣れつつある。


「クレハさんっ!」


 続けざまに二匹を切り捨て、すべて片したところで背後から声が上がった。


「フェリス、こっちだ!」


 彼女との入れ替わりざま、近づいてきていたコウモリの攻撃を剣で防ぐ。

 すると牙と刀身がぶつかり合いガキンと鈍い音が鳴る。

 コウモリを振り解き素早く突きで仕留めると、洞窟内は再び静けさを取り戻した。

 それを見てフェリスが大げさにはしゃぐ。


「わー、さすがはクレハさんですっ!」

「この程度ならどうってことはないな」

「それに引き換えわたしはお役に立ててませんね……」


 かと思えばフェリスは肩を落としうつむいた。


「役割が違うからこればっかりは仕方ないだろ。まあ、ランクが上がればこうはいかないだろうしその時は頼りにしてるぞ?」

「おおぉ……。わたし頑張ります!」


 すぐに明るい笑顔になるこいつの立ち直りの早さは正直見習いたい。

 しばらく進みフェリスの腹の虫が鳴き始めた頃に休憩を挟む。

 フェリスは取り出したサンドウィッチをもりもりと吸収していく。

 ここが戦場とは思えないくらいにくつろいでいて、むしろあきれ返るほどだ。


 再開後、ベアルを薙ぎ払いつつさらに進むと正面は行き止まりになっている。

 ここが調査依頼のあった最奥なのだろう。

 いくつかの光る鉱石や自生している植物を採取して皮袋に放り込む。


 復路も行きと同じくで特に変わった出来事は起こらず、無事に探索を終えることができた。


「はい、確かに。それにしても完璧にこなされましたね! お二人ともいよいよ冒険者らしくなってきた感じがありますよ~」


 ギルドに戻りリンスさんから労いと報酬を受け取る。

 フェリスの手前、あえて胸を見ないようにしているとなにも言われない。

 そのまま夕食を摂るべく宿併設の店へ立ち寄った。


 フェリスは相変わらず食べるは食べるのだが、相変わらず俺の正面を避けて隣に座る。

 普段の受け答えなどにおかしなところがないのもあって、特別嫌われてはないと思うのだが。


「わたし、お店で働くのも好きですけど……こういう生活もいいなって思い始めてます」


「ああ、悪くはないよな。むしろ刺激が増していい感じだ」


「そそ、そうですよね!」


 一瞬目が合うとすぐに逸らされた。

 本当によくわからないやつだ。


「マスターお帰りなさいっす! ちょっと聞いてもらっていいすか?」


 店に戻ると、アインズ達三人がどうやら俺を待っていたようだ。


「今日は休みだってのにどうしたんだ? ま、ここじゃなんだし入ってくれよ」


 ひとまずいつものテーブルまで通す。


「昨日言ってた護衛の件なんすけどね、この三人でできないかなと思ってるんすよ」


 アインズの言葉にツヴァイとドライの二人は頷いた。


「それは願ってもない話なんだけどな。営業中はずっといてもらうことになるが大丈夫なのか?」


「こいつらと一日ごとに交代してやろうって話をしてるんすよ。それなら無理もなさそうなんで。な?」


 アインズは二人と目配せをする。


「それなら確かに悪くなさそうだ。俺が言うのもなんだが実力も申し分ないしな。でも本当にいいのか?」


「もちろん! おいら達だってこの店の役に立ちたいって思ってるんすよ。むしろこっちからお願いしたいくらいっす!」


「そう言ってお前ら……本当は騒げる場所がなくなると困るんだろ?」


 冗談めかして言葉を投げるとアインズはにひひと笑った。


「あれ、バレました? ま、それもあるっちゃあるっすけどさっきのは本音っすからね!」


 アインズ達はそれぞれにガッツポーズを見せた。

 どうやら俺は人脈に恵まれたようだ。

 この後は前金代わりに酒と料理を振舞ったのは言うまでもない。

 こうして、今後は三人に常駐してもらうことに決まった。

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