エピソード3 エピローグ
はじまりの予感
「いやー、忙しい忙しい! ここまで大変なのは初めてなんだけど!?」
食材を刻んでいたかと思うと鍋を振るい、そうかと思えば盛り付け。
調理場のミツキは、反復横飛びをするかのように忙しく動き回り一人悲鳴を上げている。
「口を動かす暇があるなら手動かして。はい、さっさと仕上げる。終わったらすぐ次に取り掛かりなさい」
突き放すように言いつつも、同じく調理場に入ったスゥは彼の補佐をしている。
「意外とあの二人は息があっていますね」
「まったくだ。ま、最初はどうなるかと思ったけどな」
「はいはい、お二人さん。準備ができ次第呼ぶから下がっていて欲しいそうよ?」
奥へどうぞとアリスフィアに促され俺達は追い出される。
事務部屋に入ると、すぐにフェリスはそわそわと視線が彷徨いだした。
「少しは落ち着いたらどうだ?」
「クレハさんこそおかしいですよ。どうして空気椅子なんてしてるんですか?」
「あ、いや。これはトレーニングの一環でだな」
我ながら不自然な返答をしているな。
フェリスも同じような心持ちなのか笑い出し、俺もそれを見て頬が緩む。
しばらくの無言のあとドアを三回叩く音が聞こえてきた。
これは準備が整った合図だったはずだ。
「クレハさん、どうかしましたか?」
「ああ、ちょっとした用事があってな。すぐに行くよ」
わかりましたと言ってフェリスは部屋を出ていった。
先ほどより人の声が目立つようになった中、一人ステータスを開く。
【ステータス】
クレハ:レベル10
HP:70/70
MP:50/50
STR:32
AGI:28
VIT:25
INT:16
DEX:25
レベルは上がり、能力値の上昇具合も初めて見た頃と比べると一目瞭然だ。
『LR:手から延々とお酒を出すことができる能力』
始めこそは忌々しいと思っていたが、これがなければ今頃一人腐っていただろう。
最後に、追加されたばかりの一行に視線を落とした。
深呼吸のあと頬を軽く叩き気合いを入れなおす。
「主役さん、遅いっすよ!」
部屋から出るとすぐにアインズ達三人に出迎えられ、それぞれと拳を突き合わせた。
「皆お待ちかねよ、ご主人様?」
珍しく給仕服に身を包んだアリスフィアが潤んだ瞳でウインクをした。
この日の為に店内は貸し切られている。
視界に広がっていくのは、冒険者を始めとしたこれまでに店を訪れてくれた人達の姿。
中には酒売りの頃からの常連客もいた。
いつもの席のジラルドは誇らしげだ。
カウンターを挟んで満身創痍な様子のミツキとスゥがこちらを見て笑った。
『達成:ランクE冒険者としてギルドへの登録が完了』
その文字列を思い返し、転生してからこれまでの出来事が駆け抜けていくと熱いものがこみ上げた。
一度は諦めたそれが今この手の中に確かにある。
「さあ、行きましょうクレハさん」
そして、フェリスがあの時と同じようにこちらに手を伸ばす。
視界が歪む。
声が震え上手く笑えない。
新たなはじまりの予感とともに目元を拭い、その小さな手を取った。
「冒険者デビュー、おめでとう!」
笑顔の皆にもみくちゃにされる。
店中にこだまする歓声はいつまでも、鳴り止むことなく俺達を称えていた。
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