第8話 俺は今から全力で打つ!

「こんにちは、ルーグロエギルドへようこそ。今日はどんな……ってあれ? 誰かと思えば酒場のマスターさんじゃないですか~」


 明るい声でこちらに声を掛けたのはギルドの受付譲であるリンスさんだ。

 愛想のいい彼女は仕事も完璧にこなすことで有名だ。

 そして、机に乗っかってしまうくらいの胸部は凶器にも思えるほどでとにかく目立つ。


「こいつと一緒にこの間のリベンジをしたいと思ってな」


「こんにちは。よろしくおねがいします!」


 フェリスに視線を移すと、カウンターに届かないくらい小柄な彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねている。


「そういうことでしたか。それでは、お手数ですけどこちらの用紙に必要事項をご記入くださいね~」


 以前と同じ手続きを済ませると、呼ばれるまでギルド内で待機することになった。


「あの、クレハさん……。さっきリンスさんの胸ばかり見てませんでした?」


 フェリスはじとっとした目を向け頬を膨らませている。


「目が勝手にそっちに行っちゃうんだから仕方ないだろ」


 ううぅ、と彼女は胸に手を当ててしばらくうなだれていた。

 その様子に笑っているとギルドの係員がやってきた。


「お待たせしました。クレハさんは前回と同じく正面の部屋へ、フェリスさんは今回ヒーラー志望とのことですので別室にて適正試験を行います~」


 俺達は別々の部屋へと通されるようだ。


「いよいよ修行の成果を見せる時だ。いいかフェリス、不安に惑わされるな。自分だけを信じろ。余裕だ。いけるぞ。普段どおりやればなんてことはないからな」


 緊張気味な様子の彼女に声を掛ける。

 その言葉は言うまでもなく、気を抜けば震えてしまいそうになる他でもない自分自身に向けたものだ。

 もうフェリスに格好悪いところは見せられない。


「はい、わたしの意志の力で必ず突破してみせます。クレハさんもどうか御武運を!」


 ハイタッチのようにして手の平を合わせたあと、彼女と別れ試験部屋へと入った。


「よぉーく来た! 我は冒険者試験官、ガラハッドであーる! ……む? お前の顔には見覚えがあるぞ!」


 そう名乗った屈強な男は大剣を地面に突き立て鎮座していた。

 周りを見渡す。ずっと建物内だと思っていたそこは、いつの間にか森林のような場所に変わっていた。

 もしかすると施設内に掛けられた魔法のようなものなのかもしれない。


「ああ、あの時は確かに手も足も出なかった。だが今日は一味違うところを見せてやるよ」


「その意気や良し。では、それが口だけではないことをこれより我に証明してみせよっ!」


 そう凄むとガラハッドは向かってきた。

 まだ剣は抜かない。

 まずは太刀筋を確認しつつ体を交わす。

 力だけはあるようだが単調。すべてを捌くのは容易に思える。

 明らかに加圧するまでもなく、あのアリスフィアと比べればなんてことのない相手だ。


 だが、一撃で決めるとなれば話は別。


「どうした。避けてばかりでは冒険者にはなれぬぞ!」


「ガラハッド、俺は今から全力で打つ! しっかり防御しとけよ!」


 一旦手を止めた彼に告げる。


「ははは、そいつは大きく出たな小僧! やれるものならやってみるがいい!」


 アリスフィアから譲り受けたロングソードを抜いて駆け出す。

 四発分を一度に消費して残りMPを1になるように調整。


 余裕綽々しゃくしゃくと言った表情をした防御姿勢のガラハッドは目前だ。

 傍から見れば俺は一介の酒場のマスターでしかない。

 おまけに一度試験に落ちている。

 どうあがいても下に見られるのは必定だ。


『クレハさんがあの時、わたしの手を引いてくれたから』


 その声だけが俺の背中を押して、力を込めると体中に熱を帯びていく。

 フェリスの笑顔が浮かぶと両眼は極限まで大きく見開いた。


「いっけええええ!」


 突きの動作とともに最大放出リリース

 ガラハッドの武器を弾き、纏った鎧にまで到達するとその破片が飛び散るのが見えた。

 その勢いのまま大きく吹き飛ばすと、彼は遠くの大樹に激突して止まった。


「み、見事なり……!」


 冒険者試験官がそう口にすると、木に囲まれていたはずの部屋は元に戻っていた。

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