第7話 私に本気を出させるなんて、あなたって何者なの?

「よう、にいちゃん。今日も精が出るねえ! 俺も十は若けりゃなぁ……」


「おいおい、あんたはまだ老け込むには早いと思うぞ。よかったら今度一緒に走ってみないか?」


「へへっ、言ってくれるじゃねえか。じゃ、また寄った時はよろしくな!」


 稽古開始からおよそ二ヶ月弱。

 早朝、いつもの大通りで常連客とすれ違いざまに言葉を交わす。

 稽古前の走り込みもすっかり日課だ。

 強い足腰に加え持久力がなければ立っていることさえもままならない。

 フェリスの上達した治癒魔法のお陰もあって、日々体の疲れを残すことなく朝を迎えられているのは大きい。


 店への最後の直線を走っていると見慣れた姿が見えた。

 女性三人に囲まれているイケメン野朗、ミツキだ。

 そのまま通り過ぎるとどうも勘付かれたようで追いかけてくる。


「クレハ、待ってってば!」


「お楽しみのところを邪魔しちゃいけないからな」


「いやいや、そういうんじゃないから! とりあえず止まってくれない?」


「用事があるなら昼でもいいだろ?」


 そう言うとミツキは納得したように立ち止まり、稽古後に話を聞くことになってしまった。


「さあクレハ、掛かって来なさい」


 真剣でのやり取りにも慣れてきたこの日、一つ試してみたいことを実行に移す。

 放出と同時に放たれる水圧をこれまでに身につけた剣技と組み合わせる。

 それを仮に威力攻撃と呼ぶとして、稽古においてどの程度使用に耐えるのかを知りたくなった。

 もしアリスフィア相手に手応えがあれば今後にも希望が持てる。

 もちろんここでは回復薬は使えない。

 チャンスはMP消費量から逆算してせいぜい四発までといったところだろう。


 まずは一回目。

 彼女は開始直後ひたすらに撃ち込んでくる。

 そのタイミングに合わせて、攻撃を受けた瞬間に横薙ぎ水圧で弾き返す。

 予期しない反撃が来たせいなのか、彼女は少しバランスを崩しかけたがすぐに体勢を立て直した。


 続けて二回目。

 まずはしのぎ切り攻撃の機会を待つ。

 初撃の袈裟斬りを受けさせすぐに体を引き、二撃目の逆袈裟で水圧を加える。

 すると、彼女はこれまで回避行動を取ることはなかったが体をかわした。


「あら、まだ何か隠しているのね。ではここで手の内をすべて明かしてもらおうかしら?」


 そう言ってアリスフィアが稽古中初めての笑顔を見せると、途端感じたことのない恐怖のようなものを覚えた。


 それに怯むことなく、攻撃を回避した瞬間に三回目となる加圧振り下ろし攻撃を見舞う。

 彼女は真っ向からそれを受け止め、そのままつば迫り合いの格好に持ち込まれる。

 しばらくその攻防が続き、ここぞとばかりに四回目を発動。

 一気に押し切って勝負を決める。

 そうして彼女を圧倒し始めたその時だ。


 突然地面が大きく揺れた。

 直後赤い炎をまとったような、ただならない気迫をアリスフィアから感じ取り後方へと逃れる。

 すぐさま追ってくる。

 呼応してさらに後退。


 アリスフィアは瞬時に距離を詰めると水平に剣をいだ。

 慣れてきたのか幸いなことにその剣筋は見えている。

 ここはギリギリで受け止めて反撃に転じよう。

 そう思った瞬間、こちらの刀身はまるでガラス細工のように砕け散った。


「あの水魔法になにかあるわね。それにしても私に本気を出させるなんて、あなたって何者なの?」


「そっちこそこれまで片手間だったって言うのかよ!」


「私とやり合えるだけで大したものだわ。さて、稽古は今日でおしまい。あとは実戦で腕を磨いていくのみよ」


 立つのがようやくの俺に対して、アリスフィアの上気した頬からは汗が一粒落ちる。

 また打ち合いましょう、と握手を交わすと彼女は満足気にこの場を去っていった。

 改めてとんでもない師匠とやりあってたんだと実感し、しばらく寝転がる。


「これは特製のドラゴンステーキ。覚えてる? この間一緒に行った依頼品で作ってみたんだけどね」


 そうしてようやく立ち上がれるようになった頃、店に戻るとミツキが待ち構えていた。


「じゃあ遠慮なくいただくよ。それで何の話なんだ?」


 こんがりと焼けた竜の肉にナイフを入れると、いとも簡単に切り分けられる。

 それを口に運べば噛み応えもありつつほどよく柔らかく、果実を使ったソースとの相性も抜群だ。

 おまけに付け合わせの野菜も新鮮でこの上ない箸休めになる。

 まさに絶品と言って差し支えないだろう。


「クレハはいいなぁ。アリスフィアさんと仲よさそうじゃん?」


「あれはこっちから頼んで稽古をつけてもらってるだけだよ。だからフィアと仲がどうとかって話じゃない」


「クレハはなんにも知らないんだねー。あの人って普段笑ったりしないらしいんだよ。おまけに誰かにものを教えるなんてあり得ない。それから、フィアって呼ばせるのは親しみを込めてる人だけって話だし」


 大きくため息を吐いたあと、ミツキは恨めしそうにこちらを見てきた。


「そんなのたまたまだろ。ていうかお前なぁ……今でも十分モテてるんだから、たった一人に相手にされないくらいでなんだって言うんだよ」


「まあオレは確かにモテるよ? でも何でもないのから好かれても嬉しくないわけ」


「はいはい、持たざる者には嫌味にしか聞こえないわ」


「好きな人から見向きもされないのが一番辛いの。ま、オレの話は一度置いといてさ……クレハはちゃんと周りの変化に気付いてる? はっきり言って自覚が足りなさ過ぎると思うんだよね」


 ミツキが出て行ったあと思い返す。

 話からするとやはり彼はアリスフィアにご執心な様子だ。

 さすがにその解決への力にはなれそうにないが、今後も愚痴だけなら聞くことはできるだろう。


「今日はうまくできたと思うんですけど……もう入りませんよね?」


 その声に顔をあげるとフェリスがおずおずと俺を見ていた。

 手元にはいつものように昼食を用意してくれている。


「もらうよ。見てのとおり、運動量が増えたせいでこれじゃ足りないんだ」


 彼女に向けて腹を叩いてみせる。

 正直言うと少し苦しいのも事実なのだが、ここで断って表情を曇らせるのもどうかと思う。


「クレハさん……っ。わたし、もっと美味しく作れるように頑張りますね!」


 すべてを平らげると、彼女は鼻歌交じりの軽い足取りで調理場へと戻っていった。

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