第6話 諦めの悪さも、突き詰めれば才能の一つに成り得るのかもしれない
「クレハ、はっきり言うけれどあなたには才能がないわ」
「ああ、とっくにわかってる。それでも俺はやると決めたんだ」
「勇敢と無謀は似て非なるもの。ましてやあなたのはただの蛮勇でしかない。それだけは知っておいた方がここでは長く生きられるわ」
稽古初日の厳しい言葉を浴びてから一週間が経つ。
まずは剣の持ち方の指導から。
ステータス上の筋力の低さからも予想はしていたが片手剣は重く、あれだけ楽に扱えたショートソードの比にならない。
その重量に何度も体が持っていかれる。
それに負けないようひたすら筋力アップを目指しさらに二週間経過。
それが安定してからは打ち合い。
初めは
「踏み込みが甘い! そこで迷わない! ここが戦場ならとっくに死んでいるわっ!」
普段からは考えられない殺気と怒声が次々と飛んでくる。
この気迫こそがアリスフィアをAランク冒険者たらしめるものなのだろう。
いまだ彼女に追いつくビジョンは見えない。
だが何度打ち込まれたとしても、体が悲鳴を上げたとしても一撃だけは打ち返す。
それだけを目標に日々鍛錬してきた。
「今後も続けていきましょう。諦めの悪さも、突き詰めれば才能の一つに成り得るのかもしれない。その可能性を今のあなたの中に見ているわ」
汗一つかいていない凛としたアリスフィアの表情がほころぶ。
この日の稽古が終わり、彼女は立ち上がる気力もない俺の肩を叩くとそう告げた。
「おかえりなさい」
「悪い、今日もお願いできるか?」
ふらふらになって昼過ぎに店に戻るとフェリスが出迎えてくれた。
いつものように、習得したばかりだという初級治癒魔法の実験台になる。
一方でミツキに教わった料理の方はあまり得意ではないらしく、今日も苦笑いを浮かべていた。
「無理して食べなくたっていいですよ。ミツキさんに作り直してもらってきますから……」
「俺は腹が減ってんだ。それに食えないほどひどくはねーよ」
「本当ですか……!」
頬杖を突き、嬉しそうにしている彼女の存在もきっと俺の励みになっている。
「じゃあ今日のお題は……冒険者の収入と支出ってところでどうすか?」
「先輩、ご指南お願いします!」
営業後の店内にはいまだ人だかりがある。
どうやらガロワ撃退の報はギルドにも広まっていたようで、その影響でアインズを中心とした冒険者達が集うようになった。
試験のことや最新の依頼の話が飛び交い、中には新米冒険者もいてランクなどは関係なく交流が広がり続けている。
あの日再燃した思いに、新たな薪をくべるような楽しいひと時となっているのは間違いない。
「店長、また居残りでなにかしてるんですか?」
そうして店を完全に閉めた深夜、外で素振りをしていると近づく人影が見えた。
「スゥこそなにやってんだよ。このへんも夜は危ないからさっさと帰った方がいいぞ」
「ちょっと眠れなくてですね。で、辺りを彷徨ってたらここに来ちゃってました」
てへ、と笑う彼女だがフェリスと比べてやはり愛想がなさ過ぎる。
「単純に運動不足なんじゃないか?」
言いながらも手と足を止めている時間が惜しい。
顔を向けず言葉だけを返す。
「そのままで聞いて欲しいんですけど、店長って最近頑張ってますよね。偉いです。でも、どうして怖い思いをしてまで恐れず突き進められるんですか?」
「守りたいものがあるから、だな」
「それはこのお店ですか? それとも――」
「どれか一つだけじゃ全然足りない。店もお前達も客も全部だ」
それきり会話という会話もすっかりなくなり、しばらく経った頃だ。
「なにもかもってさすがに欲張りすぎません?」
「無理無茶無謀は覚悟の上さ。だけどもう決めてしまったことだし、それをどうしても曲げたくない。そのためには今はとにかくやりきるしかないんだ」
「店長って冷静に見えて意外と熱血なところがありますよね」
「そうか? 俺としては落ち着いてるつもりだがな」
「現状で言えば、スゥの次くらいにはお姉様に相応しいかなと思います。でも、すぐに追い抜いていってしまうんでしょうね」
その言葉を最後にスゥは音もなく去っていた。
結局なにが言いたかったんだ?
相変わらず言葉の意図は読めないが、いつもより口調自体は優しいものにも思えた。
ふと見ると、彼女の座っていた場所にはタオルと水筒が置かれていた。
結局ベッドに転がり込んだのは朝方近く。
今日振り返るだけでも俺は色んな人に支えられて生きている。
かけがえのない、絶対に失いたくないものなんて前の世界には一つもなかった。
だから俺はここで強くなりすべてを守れるだけの力を手に入れる。
そう考えているうちにいつの間にか眠りに落ちていた。
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