第5話 なかなかの名演技だったぞ、修道女のエメルダさん?

「皆、これから話すことを聞いてくれ」


 その日の開店前、いつものミーティングの時間。

 オーナーであるジラルドを始めとした従業員と、アリスフィアやアインズ達冒険者が一同に会している。

 事情を知ってはいるが、午前中の件からは遠ざけていたフェリスは不安そうな表情をしているのがわかる。


「やっぱり、そのケガと何か関係あるんだよね?」


 腕組みをしたミツキが事も無げに口にする。


「スゥもおかしいと思ってました。店長って嘘つくの苦手そうですし、そもそも転んで口だけ切るなんて器用な真似はおかしいですからね?」


 彼女も気だるそうにそれに同調した。


「すまん。皆に余計な心配を掛けたくなかったんだ。黙ってたのは許してくれ」


「まあまあ。ここは一つクレハ君の事情を聞いてみようじゃないか」


 ジラルドは立ち上がり俺に続きを促す。


「ああ。これは二日前の営業終了後のことなんだが――」


 ならず者の来店から撃退。

 そして二度と近寄らないことを念押しした過程をできるだけ詳細に話した。

 やはりと言うか場は静まり返る。

 安心したのか、ようやく安堵の表情を浮かべたフェリスに俺は大きく頷く。


「でもこれですべて解決っすよね? 終わりよければすべてよしっす!」


 アインズは場の雰囲気を気にすることもなく、いつもの調子でこちらに言葉を投げかけた。

 今は正直それがこの上なくありがたい。


「現状ではそうだな。だが今後も様子を見ていくことになりそうだ」


 その日の夜営業後のことだ。

 店内には俺とアリスフィア。そして後片付けに追われるフェリスとスゥがいる。


「クレハ、あなたも大変だったわね」


「その前に改めて謝らせてもらえないか? 昨日はすまなかった」


「気にしなくていいわ。あれでクレハの思いの強さがよくわかったのだから、ね?」


 アリスフィアはパチっとウィンクをした。


「そう言ってもらえるとありがたいな。ところでなかなかの名演技だったぞ、修道女のエメルダさん?」


「照れるわ」


 などと言ってアリスフィアはグラスを一気に空にした。


「なあ、お前にしかできない頼みがあるんだ」


 すかさず空のグラスに酒を注ぐ。


「ものによるわね。まずは言ってみてちょうだい」


 すると一息で飲み干される。


「俺に剣を教えてくれないか?」


 と言うと彼女の動きが止まりこちらをじっと見た。

 さすがにすぐには承服できないのだろう。

 時間が過ぎていく。


「私があなたに……。それはどこまでが冗談でどこまでが本気? ひとまずその理由を聞いてもいいかしら?」


「不届き者に対抗できる力が欲しい。ただ、それを行使するわけじゃないんだ。輩へと知らしめて抑止力になれればいいと思ってる。今日みたいなやり取りはできれば避けたいんだ」


「知っているとは思うけれど、私は一切手加減できないわ。ケガで済めばまだいい方よ?」


 これまでとは打って変わって、鋭い視線が俺に刺さる。


「それでも構わない。だから引き受けてくれないか。頼む、このとおりだ」


 俺が深く頭を下げると、間が空いたあとふうっと息を吐くような声が聞こえてきた。


「そこまで言うのなら応えましょう。ただし、この道は思っているほど甘くはないわよ?」


「ああ、わかってる。引き受けてくれて本当にありがとう。礼と言ってはなんだけど報酬はちゃんと出すよ」


 そう言うと彼女は頭を振った。


「確かクレハは前に言ったわね。厚意はお互い様だって。そういうわけだから私もあなたの国にならってみようと思うの」


「本当にいいのか?」


「……待って、一つだけ条件があったわ。今後私のことはフィアと呼んで?」


「それだけか?」


「ええ、たったそれだけよ。子供のお使いよりも簡単なミッションでしょう?」


「アリス」


 と呼ぶと、キッと睨むような目にむうと結んだ口。

 いかにも不機嫌な顔をされる。


「フィア」


 と呼ぶ。目尻がわずかに垂れ口元が緩みきっている。

 何度か交互に試してみると、その都度目まぐるしく切り替わる。

 こいつの表情筋はどうなってるんだ?


「ねえ、私で遊んでないわよね?」


「すまない、面白くてつい」


「それは別にいいのだけれど……稽古はお店の開いていない時間がいいのかしら?」


「フィアの都合にもよるが朝から昼の間あたりがいいかもな」


「あの……! お二人は何のお話をされてるんですか?」


 話がついたところでフェリスがやってきた。

 彼女は心なしか張り詰めた表情をしている。


「テーブルを拭きながら向こうからずっとちらちら見ていたわね。フェリスちゃんは、誰かさんのことが気になって仕方がないのかしら?」


 アリスフィアからは、からかうような物言いをしているように聞こえる。


「ううっ……!? じゅ、従業員として店長を気遣うのは当然なんですけど!」


 フェリスはぷくっと頬を膨らませている。


「それはそれで健気でいいわね。では、今日のところはお暇するわ」


 頑張ってね、とフェリスに向けて言うとアリスフィアはカウンターから離れていった。


「フェリスはなにか話でもあったのか?」


「あの、わたしヒーラーとして冒険者になりたいんですっ」


 フェリスは胸に手を当てて一息に言い放った。


「また唐突だな。どうしてだ?」


「あの時、ケガをしたクレハさんに大した治療ができませんでしたから。それに……」


「それに?」


「あ、いえ。なんでも!」


 フェリスはぶんぶんと頭を振っている。

 彼女の意味のわからない言動は今に始まったことではない。

 それにしても冒険者とはな。

 二人揃って試験に落ちたっきりだ。


「なりたいと言うからにはなにか当てがあるのか?」


「最近教会に通い始めて、そこでシスターさんに『癒す力は意思の強さに比例する』と教えていただきました。だから、今のわたしならその可能性があるのかもしれないと思ったんです」


 曇りのない力強い瞳が見つめてきた。

 そしてなにより、彼女が具体的に自分のしたいことを口にするのは初めてだ。

 俺はただ成長していく彼女の手助けをしてやりたい。


「フェリスの思うままにやってみればいい。俺にできることがあったら何でも言ってくれ!」


「それでですね。クレハさんも一緒に目指しませんか?」


 彼女の両手は祈るように硬く握られ、こちらを見つめる瞳は揺れ動いている。

 俺の踏み出す時も今なのかもしれないな。


「悪くない提案だ。確かに冒険者ともなれば箔がつく。よし、お互いやるだけやってみるか」


 俺達は二ヶ月後、ギルドの登録試験を揃って受けることに決めた。

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