第7話 その隅っこで空気だけ吸っててください
あれから店はすっかり上昇の一途を辿り始めた。
うまい料理にうまい酒があれば人は集まる。
現時点ではそういった結論で間違いはない。
前世の経験が生きたのかどうか、今のところは判断がつかないがひとまずは形となって一安心だ。
「えー、そうなんですかぁ。またまたお世辞が上手いんですから。あ、追加注文頂きましたー!」
「フェリスちゃんこっちもよろしくな!」
「少々お待ちくださいねぇ!」
右奥のテーブル席では、フェリスがすっかり板についた接客をしながら笑顔を見せる。
ふと目が合うと、彼女は驚いたように横髪で視線をさえぎる仕草をした。
かと思えばあらゆる場面で視線を感じる機会も少なくはない。
もしかすると運営についての意見か、なにか気になることでもあるのかもしれないな。
それに対して隣の客席はどうかというと。
「え、そういうのいらないです。ていうかこっち見ないでください気持ち悪いです。注文とか本当いいんで、もう帰ってもらえませんか?」
「スゥさん、帰る前にボクを踏んでもらってもいいですか?」
「さすがにそれは引きました。帰らなくていいので、その隅っこで空気だけ吸っててください」
あれは嘘偽りのないスゥの姿だ。
だが終始塩対応な反応を見せる彼女にも、あろうことか一部の男性客からの支持が付き始めた。
人の嗜好というのは様々だなと感じさせてくれるいい例だ。
もっとも、あんな失礼な対応が成立するのはフェリスのフォローがあってのことなのだとは思うが。
そして肝心の料理の反応は予想以上によくリピート率はうなぎ昇りだ。
話を聞くに酒を飲まない層からの評判も上々。
フェリスとスゥからも
あれが毎日食べられると思うと仕事が楽しくなるのは間違いない。
「マスターさん、おかわり! ほんっとこのお酒何杯でもいけちゃうから不思議っ」
「だからってあんまり飲みすぎないようにしてくれよ? どこかの酔っ払いみたいにはなるなよー」
「わかってまーす!」
カウンター席に座るのは大体が酒好きの客であり、声を掛けてくる連中の顔もすっかり覚えてしまった。
そうして賑やかな時間は過ぎていき、一組の客が扉を開け放ち来店を知らせる鈴の音が鳴った。
フェリスとスゥはちょうど接客中なのもあって俺がその対応に出る。
「どうもこんちはっすマスター。いつもの席空いてます?」
「おうお前らか。そろそろかと思って、ほら」
指差したテーブルの上には予約済みの札が立っている。
それは手先の器用なジラルドに作ってもらった特注品だ。
「さっすが! そいつはありがたいっす!」
三人組の男冒険者であるアインズ、ツヴァイ、ドライはずかずかと乗り込むと各々の席に腰を落とした。
「ところでお前達は冒険者ランクいくつなんだ?」
「ランクはCっすね。お、もしや何かご用命すか?」
注文伺いのついでに三人に聞いてみると、アインズが我先にと右手でガッツポーズをしてみせた。
「ああ、Cランクの食材を仕入れたいってあいつが言っててな」
カウンター奥の調理場に視線をやりながら答えると、ミツキが軽く手を挙げている。
「そういうことっすね。ツヴァイ、確かそのくらいなら護衛込みでもやれたよな?」
アインズはテーブル向かいの男を見据えた。
「うむ。我らであればそこまで危なくはないと思うがね」
落ち着いた彼の返事に隣のドライは無言で頷く。
「ああこいつ、普段はほとんど喋らなくって。でも気のいい熱い奴なんすよ!」
そのアインズの元気な大声にツヴァイは「相違ない」と不敵に笑い、ドライは照れたように笑顔を作った。
三人の様子からは信頼関係が見て取れる。
「後日正式に依頼を出すからその時はよろしくな。これは前金代わりだ、今日は派手にやってくれ」
俺が酒の入ったグラスを、ミツキが特製の鉄板プレートに乗せた新作料理を三人に振舞うと場は大いに沸き立った。
「クレハさん、来週危ないところに行くって聞いたんですけど……」
営業が終わり後片付けをしていると、すぐにフェリスがやってきて心配そうな表情を向けてきた。
「まあ、冒険者に護衛されての移動だからそこまでの危険はないと思うぞ?」
「でも何かあったらって考えたらわたし」
「フェリスは心配性すぎるんだよ。でもありがとな」
グラスを磨きながら感謝を伝えると彼女は何かを手渡してきた。
チェーンの先端には模様の描かれた飾りがついていて、一見するとネックレスのようなものに思える。
「それはタリスマンという魔除けのお守りなんだそうです。スゥちゃんが教えてくれた雑貨店で買いました」
「こんな高そうなの貰ってもいいのか?」
「掘り出し物だったから気にしないで大丈夫ですよ。ちょっと首から掛けてみてください!」
言われるがまま身につけると見た目とは違って意外と重量感がある。
「悪くないな。よし、フェリスのおかげで俺は無事に帰ってこられるぞ」
「えへへ……それはよかったです。そ、それじゃあお片づけしなくちゃですね!」
目が合った途端、彼女は慌てて仕事の続きに戻っていってしまった。
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