第8話 別にそんなことはねーよ

 それから数日後。

 俺達は『龍王の住処』というダンジョンに足を踏み入れている。


 これまで午前中は酒の販売をしていた。

 だが店が軌道に乗り始めたこともあって、自由な時間に割り当てられるようになる。

 もっとも、営業が夜遅くなることが増えたのも要因の一つではあるが。


 メンバーは例の三人組とミツキと俺だ。

 チームアインズは言わずもがな戦闘員。ミツキは案内役。

 俺はもしもの時の為の足止め要因だ。


「さてと、行くっすよ。お二人はドライから離れないようにしてくださいっす!」


 気合いの入った声とともに背負った大剣に手を掛けるのが見えた。

 先頭を行くアインズの合図で進攻は開始されていく。

 次に続くのがツヴァイで少し間をあけて俺とミツキ。

 俺達のすぐ後についたドライは盾を構えながら周囲を警戒している。


「いやー、さすがに緊張するね。クレハはこういうの二回目なんだっけ?」


 隣をいくミツキがひそひそと声を掛けた。


「まあな」


 アリスフィアとの草原での共闘――それも俺が出くわした初めての戦闘を思い出す。

 もっとも、あれを共闘と呼ぶには遠く及ばない。

 だがあの時確かに手応えのようなものを得たのは確かだ。


「でも、オレと同じでクレハも戦えないんだよね? 逃げ回るにも限度がありそうだし」


 その手応え。

 俺の酒放出は殺傷能力こそはない。

 それでも、相手の足を止めるだけの妨害効果は持っているかもしれないということ。

 そして実際には手からと言うよりはそこからわずかに離れた空間から出ている。

 その証拠に一度も手の平が濡れたことがない。


 それから放出には、頭の中のイメージを伴って発動するらしいのがわかった。

 全体に撃つのか単体に撃つのか、はたまた自分にバリアを張るのかはこちらのさじ加減一つだ。

 この酒が攻撃目的に使えないのは揺るがない事実。

 だが、ある程度自衛に役に立つ部分があるのかもしれないと現段階では見ている。


「逃げたりはしないさ。実際に見せた方が早そうなんだが……そんな機会が来ないことを祈るよ」


「その袋にも何かありそうだなー」


 ミツキは俺の腰元の皮袋を指差した。

 この中には冒険者達が使うものと同じポーション瓶がひしめいている。


 合間をぬってステータスを確認しながら推移を見てきた。

 どうやら酒を出す度にMP、つまりマジックポイントというステータスが減っていく。

 そしてそれが0になると気を失ってしまうようだ。

 よって『MPが切れるまで延々と酒が出せる』の方がこの能力のより正しい捉え方となる。


 つまりMP切れを回避しつつ戦闘を継続するには回復手段があればいい。

 この魔力回復のポーションは少々値は張ったが、店の売り上げが好調なことからいくつか仕入れておいた。

 商人から道具をまとめて買うと特に喜ばれる。

 おまけに、今後も世話になることをちらつかせて一瓶あたり一割程度を値引きしてもらった。


「強いて言うなら、もしもの時のための保険みたいなもんだ」


「つまりクレハの隠し玉ってわけね。それにしても何がでるのやら楽しみだな」


「よく聞け二人とも。正面よりベアルが近づいている。周囲の索敵は済んでいるが、戦場では何が起こってもおかしくはない。くれぐれも不測の事態にうろたえぬよう」


 ツヴァイは俺達に告げると素早くアインズのもとへ駆けていく。

 両手には弓と矢、黒い布のフードを被った彼は恐らく弓使いのような職業なのだろう。


 大きな盾を抱えたドライは、無言のまま俺達に向け大きく頷くとツヴァイクの後に続いた。

 頑丈そうな体躯などから彼は盾役と見ていいだろう。


 こうして彼ら三人の戦闘は始まった。


 ゴブリンのような見た目のベアルは棍棒を片手に迫りくる。

 アインズはその攻撃を余裕を持って大きな剣で弾き返した。

 直後ツヴァイは視界から姿を消して、次の瞬間にはベアルの背後に回っている。

 続けざまに二つの軌跡は空を切りベアルからは飛沫が舞う。

 だが、怯む様子もなく咆哮をあげたベアルは、両腕を肥大化させて飛び掛ろうとしている。


 あれを喰らえばいくら彼とは言えひとたまりもないだろう。

 前線に追いついたドライは盾を前方に構えたまま突撃していく。

 ベアルの攻撃に対し、彼は腰を落とし完全に受け止め切った。


「今だ!」


 ドライが地鳴りのような声をあげると、後ろに下がっていた二人がベアルの両側面へと回る。

 どうやら余裕そうだな。

 それは三人の様子を見て安心しきった時だった。


「クレハ、なにか来てるよ!?」


 ミツキの指差した方を向くと、小型のゴブリンのようなベアルが複数背後から近づいてきていた。


「お前は後ろに下がってろ!」


 早速お披露目になりそうだ。

 向かってくるベアルに対して腕を伸ばし、盾を張るイメージをして構えた。

 すると水の膜は予想どおり攻撃を完全に封じている。

 ただ、これを維持できる時間にも限りがある。


「すまない、一人手を貸してくれ!」


 前線に向けて声をあげると、異変に気付いたアインズが駆けつけ一刀のもとに切り伏せる。

 続けざまに驚いたような顔をして俺を見た。


「マスター、これどうやって足止めしたんすか……!?」


「話はあとだ。行ってくれ!」


 それからも一方的な展開だった。

 相手を徐々に追い詰めすべての攻撃を引き受けるドライ。

 アインズの力強く振り抜く大剣での一閃。

 それとは対照的なツヴァイの素早い弓の連射が交差する。

 三人の息の合った攻防にベアルは断末魔を上げる暇もなく絶命した。


「すっげえ……!」


 隣から聞こえるミツキの感嘆の声に、俺も思わず胸が熱くなっていた。


「三人ともありがとう。見事な戦いぶりだったよ」


「またいつでも言ってくださいっす!」


 それからは危なげなく討伐対象の狩りを終え、ギルドにて三人と握手を交わし別れを告げた。


「クレハさ、何かいつもよりテンション高くない?」


「別にそんなことはねーよ」


 戦えないと知ってから、心の奥底に閉じ込めくすぶっていたものが再び燃え出すような感覚。

 このたかぶりを今すぐにどうこうできる術はない。

 それでも今日感じた気持ちだけは決して忘れないだろう。

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