第6話 泥酔した私も悪くはないわね

「ねえ、あの新しい料理人なんだけれど」


 新体制となって数日が経つ。

 営業自体は滞りなく進んでいき閉店まで数時間というところ。

 すでに料理のラストオーダーは過ぎているのもあり、ミツキとスゥには下がってもらっている。

 そんな中、俺の真正面のカウンターに座るアリスフィアがグラスを傾け声を掛けてきた。


「ミツキがなにか粗相でもしたのか? それとも料理に不備でも?」


「どちらでもないわ。ただ、何を気に入ったのかは知らないけれど私に馴れ馴れしくって」


 あいつの言いかけた『話の続き』とやらと関連していないといいが。


「それは迷惑を掛けたな。すまない、よく言っておく」


「クレハが謝ることではないわ。ただ、私は静かに飲みたいだけよ。依頼の疲れを癒すのがお酒なのだから」


「し、静かにか?」


 俺は思わず吹き出しそうになる。

 なぜなら彼女は、毎夜自分が醜態を晒していることを欠片も覚えていないからだ。

 にも関わらず気取った表情と台詞がすぐに出てくるあたり、彼女は相応にギャグセンスが高いと見える。


「私何かおかしなことを言ったかしら?」


「いや、昼間の思い出し笑いをついな」


 そう、と言って彼女は再び飲むペースを上げ始めた。

 現状維持のままで何かが起こったとしたら、店としてもまずいのは言うまでもないだろう。


「フェリス、手が空いたらちょっと来てくれないか?」


「あ、はい。ただいま!」


 今店内にいるのは俺達三人と、最近常連になりつつある三人組の冒険者だ。

 彼らはどちらかと言うと、飲み食いより大勢で騒ぐのが好きだという気さくな奴等だ。

 現にテーブル席を陣取りわいわいと話をしている。


「クレハ。フェリスちゃんまで呼んで何か話でもあるのかしら?」


 酒の手を止めたアリスフィアは顔を覗き込んできていた。

 彼女の隣に座ったフェリスも「?」を浮かべている。


「おっと悪い。アリスフィアに話さないといけないことがあるんだ」


 話題はもちろん彼女の豹変姿についてだ。

 フェリスはそれを察したのか、わわわと両手を口に当てて様子をうかがっている。

 そして話を進めるにつれてアリスフィアの顔はみるみる青ざめて、いかなかった。


「それも私の側面なのだから気にしないわ。それに酔った時の姿は本心だとも言うでしょう? その私はどんな様子なのかしら?」


 彼女はさらっとそう言ってのけたのだ。

 どんな環境に晒されたらこんな強メンタルに育つのか教えてもらいたい。

 フェリスを見るとぽかんと口を開けたままだ。


「俺に何度も絡んで来すぎなんだよ。仕事の邪魔だし本当いい迷惑だ」


「なるほど。泥酔した私も悪くはないわね」


 アリスフィアは意味ありげにくすくすと笑う。


「あのぉ、わたしここにいなくてもいいような。もう下がりましょうか?」


 頬を膨らませて、手持ち無沙汰な様子のフェリスは立ち上がろうとした。


「いや待ってくれ。フェリス、これからお前が必要になるから呼んでるんだ」


 はい、と言って俯いた彼女を見てアリスフィアはにこにこと笑っている。

 またよからぬことでも考えているんだろうな。

 それには触れずにさらに話を進める。


「つまりクレハが言いたいのは、私の記憶がなくなるのは危険だと?」


「ああ。酔ったアリスを知らない人間……考えたくはないが悪い男が連れ出したとしたら何が起こると思う?」


「それは考えてもみなかったわ」


 普段は即答する彼女にしては珍しく、少し間があいて返ってきた。


「それを防ぐには飲むのをほどほどにすればいいだけだ。ま、常連に対して控えろとは言いにくいところではあるがな」


「でもねクレハ、飲みたいものは飲みたいのよ。さっきも言ったとおりわかって欲しいわ」


「ああ、だからこうしよう。酔いつぶれた日の家までの帰りをそこのフェリスに送らせることにする」


「確かに、この時間ならわたしは手が空いていますしいいと思いますよ。もしかすると台車に乗ってもらうかもしれないですけどっ」


 うんうんとフェリスは即座に賛成した。


「そういうことなら心置きなく楽しめるし、私としてはありがたい申し出ね。では護衛という名目で契約を結びましょう。一回につき報酬を用意するわ」


「いや、それはいらない。こっちが勝手にやるって言ったことだからそういうのはいい。それに厚意はお互い様って言うもんだ」


「そうですよ! アリスフィアさんにはこれまでお世話になっていますしお金なんて頂けません」


 アリスフィアの手を取ったフェリスも俺の言葉に続いた。


「では、ありがたく二人の気持ちに甘えるとしましょうか。ところでクレハ、あなたの国ではそういった行動が当たり前だったりするの?」


「全員が全員とは言わないが、馬鹿正直で親切なやつが多いとは思う」


「そう。二人ともありがとう。と言うわけで――」


 アリスフィアは突然立ち上がると俺に背を向けた。


「まさか今日は帰ってくれるのか!?」


「いいえ、むしろ嬉しさのあまり飲むわ。クレハ、覚悟はいい? 限界までとことんいくわよ!」


 そう言って軽い足取りで椅子へと舞い戻るアリスフィア。

 なぜだか彼女に火をつけてしまった感は否めない。


「仕方ないな、こうなったらやってやる。そこの三人も奢りだ飲め飲め!」


「う、嘘ですよねクレハさん!?」


 皆の笑い声が店じゅうを駆け巡っていくようだ。

 たまにはこんな日があってもいいだろう。

 こうして女神の溜息の夜は更けていった。

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