第40話 決戦に臨む

 俺たちは廃坑に隠れていた避難民たちのところへ戻り、ひとまず辺りの魔物たちをほぼ一掃し安全を確保したことを説明した。

 その上で、敵の親玉である魔神グリーゼムを早急に討つべく、南東のブースト・タワーへと向かうことを告げた。


 3日のタイムリミットについては、アリアナたちと事前に話し合った結果、言及を避けることにした。

 ただでさえ住居や家族を失った彼らに、これ以上の絶望を与えてはパニックに陥ってしまうかもしれないし、その前に俺たちがグリーゼムを倒してしまえば問題はない話なのだ。

 ……もしも俺たちが敗北すれば、その時は全人類がグリーゼムに洗脳されてしまう。

 敗北は許されない。




 俺とミルエッタとアリアナ、そしてポポロンは、グリフォンに乗って南東へ向かう道すがら、テントの中で作戦を立てることにした。

 プレシオーヌからの情報をもとに、遠距離から一撃で魔神を倒す作戦だ。


「……でも、そもそもあのプレシオーヌからの情報を信じてもいいのかしら? もしもあいつから聞いた話が全て、私たちを誘導するためのものだったとすれば、取り返しのつかないことになるわ」


 ミルエッタが慎重な意見を述べた。確かに、その疑問ももっともだ。

 それについては、俺よりもプレシオーヌとの付き合いが長い奴に確認する方がいいだろう――そう思って、ポポロンの方を一瞥する。

 ポポロンは心得た様子で、俺の視線に頷き返した。


「プレシオーヌは、おそらく本当のことを言ってたと思うポン。あいつは自分でも言ってたけど、貸し借りを作ったままにするのを心底嫌ってるポン。『チキュウ』で魔法少女たちが戦った時は、初戦で勝ったばっかりに粘着されて大変だったポン……」


「……エルドラさんがプレシオーヌを助けたのは、紛れもない事実だものね。そこに付け込んで騙すことはしない、か……」


 ポポロンの判断を信用した様子で、ミルエッタは素直に引き下がった。

 魔神を打倒する作戦の方向性は、これで確定したと言っていいだろう。


「まずは、グリーゼムに出てきていただかなくては話になりませんね。塔の破壊は困難という

お話でしたから」


「そうね。それもグリーゼム本体を引きずり出さなくちゃいけないわ。さっきのように分体を倒したところで意味はないもの」


 アリアナとミルエッタがそれぞれに意見を述べるが、そこで会話は止まってしまった。

 グリーゼム本体を引きずり出す方法……?

 そんなものが存在するのだろうか。


「……ボクが、その役を引き受けるポン」


「えっ?」


 ポポロンの言葉に、俺たちは異口同音に聞き返した。


「グリーゼムはボクを……【魔法少女】を増やせる力を欲しがってるポン。ボクなら、あいつを誘い出すエサの役目は果たせるポン。ボクひとりで行けば、きっとグリーゼムも油断するはずポン……」


「そんな……戦う術を持たないポポロン様が、おひとりで魔神を誘い出すつもりですか? 危険すぎます!」


 アリアナが戸惑いの声をあげる横で、ミルエッタが唇を真一文字に引き結んだ。


「……ポポロンさん。あなた、グリーゼムの本体と分体の見分けはつくの?」


「両方見たことがあるから、感じる魔力の波長で区別できるポン。心配いらないポン」


「わかったわ。なら、あなたに任せる」


「ミルエッタ!!」


 アリアナは非難の声をあげたが、ミルエッタは全くひるまずにアリアナの顔を見つめ返した。


「これ以上確実な手は思いつかない。……私たちは失敗できないの。ポポロンさんの覚悟に全てを賭けるしかないわ」


「ですが……ポポロン様だけに、そのような危険を押しつけるなんて……!」


「だけ、じゃないポン。みんなが身を危険にさらして戦ってるポン。ボクだって……みんなと一緒に戦いたい。だから、自分にしかできないことをやるのにためらいはないポン」


 ポポロンのよく通る声にも、すっと細められた双眸にも、真摯な決意を感じられる。

 だからこそ、俺も一言口を挟まずにはいられなかった。


「……ポポロン。お前、魔神を倒すために命を捨てるつもりじゃないよな?」


「……捨てはしないポン。でも、命を懸けないと倒せないとは思ってるポン」


「それならいいが、ひとつだけ言っとくぞ。もし、お前が魔法少女たちのことで責任を感じてるとしたら……その責任の取り方は、死ぬことじゃない。生きて、復興に力を尽くすことだ」


 俺が懸念していたのは、ポポロンが『チキュウ』での敗戦と、その結果としてこの世界に災厄をもたらしたことに責任を感じているんじゃないかということだ。

 予想が当たっていたのかどうかはわからないが、ポポロンは困ったように目を逸らす。


「……エルドラはなかなか、重いことを要求してくるポンね」


「俺がいくら『お前のせいじゃない』って言っても、ポポロンは心のどこかじゃ自分を責め続けてるんだろ? できればそれ自体をやめてほしいが、考え方を変えるには時間がかかるもんだ。……お前が落ち着くまで繋ぎ止めておくための、枷だよ」


 こちらの思いが確実に伝わるように、含みも濁しもなく、ポポロンの顔を見つめてハッキリと言い切る。

 ポポロンはひとつ深呼吸を挟んで、真摯な眼差しで俺を見つめ返すと、深く頷いた。


「……わかったポン。その代わり、みんなも同じ誓いを立ててほしいポン。誰も死なないって。みんなで、生きて帰るって……」


「当たり前だろ。これ以上、誰にも悲しみを背負わせやしない。誰も死なずに、魔神を倒すんだ」


 俺は即答し、握り拳を小さく突き出した。ポポロンは切なげな笑みを浮かべて、俺の拳に右手の肉球を押しつける。

 ミルエッタとアリアナも、左右に回り込んで拳を突き合わせてきた。


 今、俺たちの心はひとつだ。

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元冒険者のおっさん、スキル【魔法少女】で世界を救う なごみ村正 @nagona

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