第39話 戦うためには

「グリーゼムの精神支配を……破る? いったい、どうやって……?」


 聞き返した俺に、プレシオーヌはピンと人差し指を立て、まるで講義でも始めるように話し始める。


「そもそも、グリーゼムはどうやって人の精神を支配しているのか……? 打破する鍵は、その過程プロセスにあるのよぉ」


「……どういうことだ?」


「洗脳するにも、色々条件があるのよねぇ。例えばわたしの魅了チャームなら、わたしは相手と目が合ってなきゃ使えないのよぉ。これも本当はナイショなんだけどねぇ」


 プレシオーヌは唇の前に人差し指を持ってきて、ウインクしながら『ナイショ』のジェスチャーをした。

 ぽん、とアリアナが納得したように小さく手を打つ。


「あ、わたくしの【テイマー】スキルもそうです。対象の魔物や動物と目が合って、初めて使えるんですよ」


「……ってことは……目が合わなければ、グリーゼムの支配は効かないってことか!?」


 興奮して身を乗り出した俺に向かって、プレシオーヌは「ブブー」と小馬鹿にしたように言った。


「残念だけど、グリーゼムは相手の存在を知覚してさえいれば、目が合わなくても洗脳できるわぁ。遮蔽物越しに敵を操るところ、わたし見たことがあるものぉ。広範囲を索敵する魔法も使うから、隠れて近づいたところで、見つかって一発アウトでしょうねぇ」


「なんだよ……じゃあ、どうしようもないのか?」


「やん、焦らないで? 要はのよぉ。グリーゼムの索敵範囲の外から、知覚不可能なくらいの猛スピードで突っ込んで、一撃でぶっ飛ばせばいいの」


 プレシオーヌは得意気に拳を掲げながら、ニッと笑った。

 ……とんでもない力技の提案が来たもんだ。


「マジかよ……そんなスピードで突っ込めって言われても……」


「できないようなら、わたしもお手上げねぇ。バリアだって洗脳が防げるとは思えないし。取れる手段はグリーゼムの知覚範囲の外から一気に近づくか、近づかずに魔法の狙撃でブチ抜くかよ。確か、知覚魔法の範囲はおよそ半径1キロメートルだったはず……」


「きろめえとる?」


「ふふっ、クセで『チキュウ』の単位を使っちゃったわぁ。この世界の単位とか知らないし、あとでポポロンちゃんにでも確認しといて?」


 笑ってごまかすプレシオーヌに、俺は黙って肩をすくめることしかできなかった。

 ……とにかく、遠くから一撃で仕留めるのが最善の策ってことか。


「あとは……何があっても、絶望しないことねぇ。わたしからのアドバイスは、それが最後よぉ」


「絶望?」


「そう。わたしは直接食らったわけじゃないんだけどぉ、グリーゼムの力って、人の心にある『絶望』の感情を増幅させるらしいのよねぇ。そして正常な判断力を失ったら、もうオシマイ。一気に心を支配されて、魔神の操り人形にされちゃうわけ」


「なんだよ……奴がどんなふうに人を洗脳してるのか、詳しいやり方知ってんじゃねえか」


「……むかーし。まだわたしたち眷属が、グリーゼムから距離を置かれる前に聞いた話だから、今もそうなのかはわかんないけどねぇ」


 静かな声で答えて、プレシオーヌは遠くを見るような目をした。

 ……その表情は今までと変わらないようにも見えたが、どこか寂しそうにも見えたのは、俺の気のせいではないだろう。


「……わかった。色々教えてくれてありがとうな。おかげで、とりあえずグリーゼムと戦う作戦を練ることはできそうだ」


「だったら感謝ついでに、わたしを自由にしてくれないかしらぁ? そろそろ腕を後ろに回しっぱなしなのもキツいんだけどぉ」


 プレシオーヌは後ろに回したままの手を軽く揺らし、何かを探るように、じっと俺の顔を見つめてくる。

 ……俺は魔法を解除し、プレシオーヌの手を拘束していた神聖結界紐ホーリー・ストリングスを消滅させた。


「あ、ちょっと……! いいの、エルドラさん?」


 ミルエッタが慌てた様子で詰め寄るが、プレシオーヌは逃れるようにふわりと宙へ舞った。

 俺はミルエッタの動きを手で制し、小さく首を横に振る。


「大丈夫です、ミルエッタさん。どうせ、プレシオーヌはもう魔神の仲間には戻れません。捕まえたまま連れ回しても仕方ないですから」


「ふふっ、そうかしらぁ? 確かに、わたしはもうグリーゼムの手下ではなくなったけどぉ……人間の味方にもなれないからねぇ。あなたたちとは、また敵として対峙するかもしれないわよぉ?」


 仲裁した俺をわざとらしく煽るように言うプレシオーヌに、俺はまともに付き合うつもりもなく、小さく鼻を鳴らした。


「あと3日。俺たちがグリーゼムと戦うのを、お前が邪魔するとは思えないね。その後のことは、その後で考えるさ」


 俺の返答に、プレシオーヌは毒気を抜かれたような顔を晒すと、しらけた様子でこちらに背を向けた。


「ふーん……ま、いいわぁ。せいぜいがんばってね~」


 飛び去るプレシオーヌの背を見送りながら、俺は今の会話で得た情報を頭の中で整理し、これからの方針について思いを巡らせていた。

 考える時間はそう長くない。リミットまでは、あと3日しかないのだから……。

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