第38話 タイムリミット

「……はあ!? 世界が、終わる……!?」


 俺が目を剥いて大声で聞き返すと、プレシオーヌはその反応を待っていたと言いたげに声を立てて笑った。


「あははっ……♡ ブースト・タワーって名前を聞いて、何か考えなかったかしらぁ? あれはねぇ、魔神様の……グリーゼムの力を増幅させるための施設なのよぉ」


「力って……まさか、洗脳能力を強化するのか!?」


「ご明察ねぇ。増幅された洗脳能力によって、この世界の人間全てを操る。……グリーゼムは『チキュウ』での戦いで、味を占めたのよぉ。敵を殺すより、全員味方につけた方がずっといい……ってねぇ」


 敵を、全員味方につける……? そんなことが可能なのか?

 俺が驚きに言葉を失っていると、後ろの方で声がした。


「……魔神を倒せと言いましたね? そのタワーを破壊するのではダメなのですか?」


 振り返ると、いつの間に目を覚ましていたのか、アリアナが額を押さえながら立っていた。

 ミルエッタとポポロンもその隣で、真剣な眼差しを俺とプレシオーヌに向けている。


「難しいわねぇ。外部からの攻撃に備えて、何重にも強力なバリアを張ってあるのよ。内部から攻撃すれば崩れるかもしれないけど、侵入しようとした時点でグリーゼムとの戦いは避けられないでしょうねぇ」


「あと3日って言ったのはどうしてポン?」


「ブースト・タワーの起動には条件があってね。この惑星の地脈からエネルギーを取り出すんだけど、星系の他の惑星群と軌道が重なったタイミングじゃないと、力をうまく取り出せないのよ。そのタイミングが3日後の夜ってこと」


 ……俺はプレシオーヌの言うことが何ひとつわからなくて、ミルエッタたちの方を見た。

 ミルエッタとアリアナは、ともに得心がいった様子でうんうんと小さく頷いている。


「天文学にはあまり明るくないけど……惑星直列ね。言いたいことはわかったわ。それなら、起動を一度妨害するだけでも、おそらく数百年単位で先送りにできるはず。もちろん魔神を倒すかタワーを破壊するのが最善だけど、妨害も次善策として考慮に入れておきましょう」


「……そ、そうですね」


 しっかり理解している様子のミルエッタから、俺は目をそらしつつ曖昧に同意した。

 虚勢はしっかり見抜かれたようで、ミルエッタは慰めるように俺の背を軽く叩く。


「こんなの、あなたくらいの歳の町娘は知らなくて当たり前よ。エルドラさんはまだ子供なんだから、これから学べばいいの」


「ははは……」


 いや、おっさんなんだよなぁ……単に教養がないだけで……。

 フォローで逆に傷つきながらも、話を本題に戻す。


「でも、おかしくないか? あと3日大人しくしてれば計画は完了なんだろ? 魔神の奴、どうしてこのタイミングで仕掛けてきたんだ?」


 今、魔神が姿を現さなければ、俺たちは何も知らないまま無為に3日間を過ごし、計画を遂行されていたかもしれない。

 俺が首を傾げると、プレシオーヌはこちらをじっと覗き込むように見つめて答えた。


「理由はいくつか考えられるけど……きっと本人が言ってたとおり、エルドラちゃんと会ってみたかったんでしょうねぇ」


「……何のために?」


「『チキュウ』の魔法少女は目立って仕方なかったし、あの世界では離れた場所まで情報を即座に伝える技術もあったわぁ。でも、この世界にはそんなのないから、グリーゼムはあなたのことをほとんど知らないのよぉ。将来的にポポロンちゃんとの交渉を考えるなら、多少のリスクを冒してもあなたのことを知っておくのは有益になるわぁ」


 ポポロンとの交渉……?

 疑問に思う間もなく、プレシオーヌはポポロンの方に一瞥をくれた。


「ポポロンちゃん、さっきは勇ましく突っぱねたけどぉ……もし、全世界の人がグリーゼムの操り人形と化したら、どうするのかしらぁ? あなたは別種の生き物だから操られないでしょうけど、あなたひとりじゃ戦えないでしょぉ?」


「そ、それは……」


「……だからきっと、グリーゼムはブースト・タワーで全世界の人間を操ってから、もう一度あなたを仲間に誘うでしょうねぇ。それでも断るようなら、たぶん殺されて終わりだと思うけどぉ」


「うう……っ」


「あとは、単純にこの世界の人間をナメてるから姿を見せたんでしょうねぇ。こっちには核兵器なんて恐ろしいものもないし、グレア王国は壊滅状態だもの。戦力差はエグいくらいよぉ?」


 次々と明かされる魔神側の事情に、俺は思わず頭を抱えた。

 さっきから絶望的な話ばかりだ……。


「……これが現状だけど、あなたたち、どうするつもりぃ? 世界が終わるタイミングまで、逃げて余生を楽しむっていうのも、ひとつの選択だと思うけどぉ?」


「そんなことするわけないだろ。俺たちは戦う」


 俺は心から言い切ったが、プレシオーヌは小馬鹿にしたように小さく吹き出した。


「あなた、グリーゼムと出くわしたら他の魔法少女みたいに操り人形にされるのよぉ? どうやって戦うつもりぃ?」


「……それはわからない。でも、逃げるつもりはない。魔法少女として、罪なき人々のために魔神を討つ。そう誓ったんだ」


 以前ポポロンが危ぶんだように、俺が操られて敵に回ることもあり得るかもしれない。世界の破滅に加担させられるのかもしれない。

 でも、だからって逃げたところで、同じ未来が待ち受けているのなら……ほんのわずかでも、勝てる可能性に賭けたい。

 誓いを胸に、まっすぐに見つめ返すと──プレシオーヌの目が、ふっと優しげに細められた。


「ひとつ、方法があるわぁ」


「え……? 方法?」


「ええ──魔神グリーゼムの精神支配を破る方法。わたし、本当は心当たりがあるのよねぇ」


 一瞬だけ優しげだったはずのプレシオーヌの瞳に、愉悦の色が浮かんだ。

 自分を切り捨てた魔神に対し、復讐を進められる──そんな悦びを感じさせる、邪悪な笑みだった。

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