第37話 最低最悪の侮辱
「……ポポロンさんを? この世界の、王に……?」
ミルエッタが怪訝そうに聞き返す。
今までポポロンから聞いた話を踏まえると、俺にはグリーゼムの言いたいことがわかった。
「お前……魔法少女を、戦力として欲しがってるわけか。だから、魔法少女を生み出せるポポロンに目をつけたんだな?」
「ほう? 幼い人間にしては、なかなか察しが良いな」
グリーゼムは俺の方を一瞥し、言葉とは裏腹に小馬鹿にしたような口ぶりで言った。
「『チキュウ』侵攻で、我は大きな過ちを犯した。あの世界の人類どもの文明レベルを、低く見積もりすぎていたのだ。戦いに勝利したとはいえ、核戦争によって死の星と化した世界を手に入れても何の価値もない……故に、我は別の世界を求めて、この地へと降り立った」
「勝手なことばかり言いやがって……」
俺は毒づいたが、グリーゼムはまるで聞こえなかったかのように、眉ひとつ動かさず続ける。
「だが『チキュウ』侵攻で得たものもあった……それこそが魔法少女だ。強く従順な操り人形……我の手駒として、これ以上のものはない」
「手駒だと? 俺はお前の手駒なんかじゃねえ!」
「魔法少女エルドラよ、貴様には聞いていない。我が望むのは……魔法少女を生み出すポポロン、貴様だ。貴様の助力を得られれば、我は無尽蔵の戦力を手にし、次元を超えて数多の世界を統べることができよう」
グリーゼムは目の前の俺ではなく、バリアの内側で立ち尽くしているポポロンへと手を差し伸べた。
「さあ、我の手を取るがいい。さすれば貴様を王として――」
「絶対に断るポンッッ!!」
ポポロンは歯を剥き出しにし、今まで見たこともないような怒りの形相を露わにした。
小さな獣の体からほとばしる迫力は、俺も思わず言葉を失うほどのものだ。
「お前の……お前のせいで、ボクの仲間はたくさん死んだポン。夢を持って、恋をして、青春の真っただ中にいた女の子たちが……! そんなみんなを殺したお前の仲間になんて、ボクは絶対にならないポンッ!!」
それは地の果てまで轟くような、荒々しい咆哮だった。
俺にはその怒りが理解できたし、後ろで唇を噛んでいるミルエッタも同じ気持ちのようだった。
……グリーゼムには、俺たちやポポロンが仲間を想う気持ちを理解することなど、決してできないだろう。
でなければ、魔法少女たちを今でも想い続けているポポロンに向かって、こんな最低最悪の侮辱をぶつけられるわけがない。
「我が、魔法少女を殺した? それはどうかな。魔法少女たちを戦いに投入したのは、他ならぬ貴様ではないか――」
「その議論はとっくに終わってんだよ。俺たちもポポロンと同じ気持ちだ。魔神グリーゼム……お前は、必ずぶっ潰す」
俺が言葉を断ち切ると、グリーゼムは無言で俺とポポロンを見比べるように睨みつけてから、やがてその瞳を嘲笑の色に染めた。
「いいだろう。……貴様も操り人形になりたいのなら、いつでも我が
一方的に告げると、グリーゼムは自分の影に溶けて消えた。
それを見届けもせずに、魔法少女たちは素早く飛び去っていく。
……深追いは危険だ。今は見送るしかないだろう。
「ミルエッタさん。王女様は?」
振り返って尋ねると、ミルエッタは険しかった表情を緩めた。
「さっきと変わらないわ、大丈夫。……それより、追わなくていいの?」
「深追いは危険です。それに、敵の居場所は掴んだんだから問題ないですよ。ブースト・タワーってところにいるはずです。……そうだよな、プレシオーヌ?」
俺がミルエッタからプレシオーヌへ視線を向けつつ訊くと、プレシオーヌは優雅に微笑んだ。
「ええ、それはそうねぇ」
「それはそう? ……なんだ、意味ありげな言い方だな?」
「わたし、さっきの尋問の時に言ってなかったことがいくつかあるのよぉ。……本当に大事なことは隠しておく主義だからねぇ、わたし」
「お前……嘘ついてたのかよ? 悪びれもせずに……」
「しょうがないじゃない、敵なんだもの」
「じゃあ、どうして気が変わったんだ?」
「エルドラちゃんには結果的に命を救ってもらったからねぇ。――あなたは助けたつもりなんてないって言うでしょうけど、あなたの感想なんてどうでもいいのよぉ。わたしが、借りを返さないと気が済まないタチなの。わかる?」
少なくとも見た感じの印象では友好的に微笑んだままで、プレシオーヌはずけずけと言い放った。その瞳には、怒りの――おそらく、自分を用済みとみなした魔神に対する――炎が燃えている。
もう魔神に義理立てするつもりはないってわけか。
これは、かなり重要な情報を聞かせてもらえそうだな……。
「じゃあ、教えてくれよ。言ってなかったことって何だ?」
「……そうねぇ。まず結論から言うけど、タイムリミットが近いわ。あと3日以内に魔神様を倒しなさい。そうしないと……」
プレシオーヌはにっこりと微笑んで、落ち着いた声で告げた。
「この世界、終わっちゃうから」
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