第36話 魔神グリーゼム

「魔神……だと!? お前が……!?」


「正確には、その分体ぶんたいねぇ。魔神様の力を分けて作り出した存在……意識は共有しているけど、本人じゃないわぁ。新しく何かを操る能力も、今は使えないはずよぉ」


 驚愕の声を発する俺に、プレシオーヌが補足するように言った。

 魔神グリーゼムは嘲るように小さく鼻を鳴らすと、プレシオーヌへ視線を注ぐ。


「迎えに来たぞ、プレシオーヌ。たびは相手が悪かったようだな。失態の責任は問わぬ。戻るがいい」


「は? ――ふざけんじゃないわよ」


 プレシオーヌは整った眉を怒りの形に吊り上げ、低い声を発した。


「わたしはねぇ、さっきのよぉ。エルドラちゃんが守ってくれなければ、魔法少女の雷撃でねぇ。魔神様にとってわたしは用済みだから、まとめて消そうとしたんでしょぉ?」


 怒気を露わにプレシオーヌが問うと、グリーゼムは再び鼻で笑ってみせた。


「やはり、未来が視えるというのは厄介だな。……だから貴様は信用ならんのだ。従順な手駒たちと違って、な」


「……神聖結界ホーリー・バリア


 俺はもう一度、仲間たちとプレシオーヌを包む大きな結界を作り出した。

 プレシオーヌが意外そうに「あら」と呟く。


「エルドラちゃん、また守ってくれるのかしらぁ?」


「お前からは、まだ情報を引き出せるはずだ。今死なれちゃ困る」


「あはっ、正直ねぇ」


 こちらが本心から答えると、プレシオーヌはむしろ好感を抱いたように声を立てて笑った。

 俺はグリーゼムたちの方を向いたまま、声を張り上げる。


「ポポロン! こいつとなら戦ってもいいか!?」


「だ、大丈夫ポン! 確かにそいつは分体……魔法少女を操る力は使ってこないはずポン!」


 プレシオーヌが嘘をついている場合も考えて再確認したが、どうやら心配ないらしい。

 俺は密かに安堵しつつ、ステッキの先をグリーゼムに向ける。


「許しが下りたから相手してやるよ、魔神。それで? 悪の親玉が、わざわざ分身をこしらえて、何しに来やがったんだ?」


「ポポロンが頼った、新たな魔法少女……貴様の顔を見ておきたかったのだよ。そして……」


 グリーゼムは口の端を吊り上げ、禍々しく笑うと、こちらに向けて右の手のひらをかざした。

 ぱり、と音を立てて黒いいなずまが走り、その手に闇の力が収束する。


「その力を試したかったのだ――深淵魔焔アビス・フレア!!」


神聖魔砲ホーリー・カノンッ!!」


 俺とグリーザムが魔法を唱えたのは、ほぼ同時だった。

 魔神が放った漆黒の炎と、俺が放った光の奔流が激突する。


 闇の炎はまっすぐに押し寄せながら広がり、俺たちを飲み込まんとする。

 俺の放つ光も押し負けてはいないが、じわ、じわと拡散する闇に侵食され、徐々に陰りを帯び始める。

 ステッキの改良を経て、この魔法も威力が上がっているはずなのに……。


 ここで押し負けたら、俺の後ろにいるミルエッタたちが危ない……!!


「ぐっ……! いっ、けぇぇぇっ!!」


 俺はステッキを握りしめたまま強く念じ、魔力を注ぎ込むようイメージした。

 瞬間――光は急激に膨れ上がったように勢いを増し、闇の炎を撃ち貫いて消し飛ばした。


 俺の魔法による閃光が収まると、直線上にえぐり取られた地面と、空中に退避した魔法少女たち……そして、片腕を失ったグリーゼムの姿がそこにあった。


「素晴らしい。分体とはいえ、我の魔法を正面から貫くとは……かつてないほどの魔力の持ち主だ」


 感嘆の声を漏らしながら、グリーゼムは半ばから消し飛んだ右腕を伸ばす。

 そこに闇の粒子が集まり、再び元通りの腕を形成した。

 あいつ、再生できるのか……いや、分体でそもそも生物じゃないからこその能力なのか?


「お褒めにあずかり光栄だね。……で、大人しく退く気になったか?」


 俺は構えを解かないまま尋ねたが、グリーゼムは俺ではなく、その後ろへと視線を向けた。


「ポポロンよ。やはり、貴様を殺すのは惜しいな」


「なっ……ボクが、どうしたポン?」


「そう警戒するな。ひとつ、我と取引をするつもりはないか?」


 グリーゼムは大きく腕を広げ、威圧的な笑みを浮かべてポポロンを見下ろした。



「我が配下となれ、ポポロンよ。さすれば、この世界の全てを貴様にくれてやる。――貴様をこの世界の王にしてやろう」

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