第35話 魔法少女との戦い

神聖結界ホーリー・バリアッ!!」


 俺は事態を察した瞬間、半ば反射的に魔法の結界を生成していた。

 自分はもちろん、ミルエッタにアリアナ、ポポロン、プレシオーヌまで包み込む大きな結界。

 その判断が功を奏した。


 閃光。そして轟音。

 突如として天から降った一条の雷撃が、俺たちを打った。

 結界を張っていても、頭がクラクラするほどのすさまじい光と爆音は防ぐことができず、視力と聴力が機能しなくなる。

 まずい……そう思った瞬間、突然ふっと体が楽になった。


「……大丈夫? 聞こえる?」


 こちらに手をかざしたまま、ミルエッタが言った。どうやら回復魔法をかけてくれたらしい。

 その隣では、アリアナがぐったりと横たわっている。


「エルドラさんのおかげで助かったわ。アリアナは気を失っているみたいだけど、体の方は無傷よ」


 ミルエッタもさすがにこたえたようで、苦しそうに頭を押さえている。

 その腕から抜け出したポポロンが、ぶるぶると小さな体を震わせながら天を仰いだ。


「い、今の青い雷は……神聖轟雷ホーリー・サンダーボルトだポン……! あれを使えるのは……!」


 俺もポポロンの視線の先を追うように、空を見上げた。

 そして、見た。


 天高くから、俺たちを見下ろしている3人の少女。

 年齢には多少のばらつきがあるが、12歳から16歳といったあたりか。

 いずれも瞳に生気はなく、俺と同じようにフリルやリボンを至る所にあしらった、可愛らしい衣装を身に纏っている。


「シンティラ! ネーヴェ! イグナイト! ボクがわからないポン!?」


 ポポロンが、3人に向かって――おそらく、魔法少女の名前らしき言葉を――呼びかけるが、誰ひとりとして反応することはない。

 その代わりに、3人は手にした剣や槍の先端を一斉にこちらへ向けると、魔法による追撃をかけてきた。

 電撃、吹雪、火炎――自然には起こり得ないであろう猛威の同時攻撃を受け、俺はステッキを握る手に力を込めた。


神聖結界ホーリー・バリア……!」


 結界を重ね掛けして、更に強度を高める。

 アリアナが失神している以上、今の俺たちは自由に動けない。このまま食い止めるしかない――。

 俺は根比べをするつもりでいたが、魔法少女たちは魔法での攻撃を中断すると、一斉にこちらへ接近してきた。


「なっ……!?」


 驚く俺を気にも留めず、3人は同時に結界へと渾身の蹴りを叩き込む。

 一方向から強烈な物理的衝撃を加えられた結界はひび割れ、砕け散った。

 重ね掛けした結界を破るなんて、想像以上のパワーだ……!


「この……散れぇっ!」


 俺はステッキを振り回し、一番近くにいた魔法少女の脇腹に叩きつけると、そのまま吹っ飛ばした。


「ネーヴェぇぇっ!!」


 吹き飛んだ魔法少女の姿を見て悲痛な叫びをあげたのは、ポポロンただひとりだった。

 残ったふたりの魔法少女は、仲間に一瞥もくれずに俺の方へ突撃してくると、手にした剣と槍を突き出してきた。

 剣の一撃はステッキで受け止めたが、槍の穂先が俺の脇腹をかすめる。


「ぐっ!? こんちくしょうがぁぁっ!!」


 脇腹に生まれた鋭い痛みをこらえ、ふたりをまとめて回し蹴りでぶっ飛ばす。

 ふたりは勢いよく吹き飛ばされて地面を転がったが、すぐに受け身を取って立ち上がった。

 蹴りで肋骨をへし折った手応えがあったのだが、魔法少女たちはダメージを受けても全く表情を変えず、立ち上がってくる。

 明らかに痛みすら感じていないであろうその姿は、まさしく操り人形と呼ぶにふさわしい。


「う、うう……みんな……! お願いだから……正気に、戻ってほしいポン……!」


 ポポロンは嗚咽しながらも、俺に加減を求めるようなことは言わなかった。

 だが、自分が戦いに巻き込んだ魔法少女たちのことを『一思いに楽にしてやってくれ』とも言えないのだろう。

 その心中は察するに余りあるが、この魔法少女たちはきっと、殺すまで止まらないはずだ。


 横目で仲間の様子をうかがうと、アリアナをかばうように身構えているミルエッタの姿が目に入った。

 いくら魔法少女たちが不憫に思えても、そのために仲間たちを危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 そんな決意を固めた俺に向かって、拘束されたままのプレシオーヌが言葉を投げかけた。


「来るわよぉ、エルドラちゃん。……気を引き締めなさいな」


 プレシオーヌが告げたのと、魔法少女たちが一斉に俺たちから距離を取ったのは、ほとんど同時だった。

 逃げるつもりか――と思ったが、そうではなかった。



「なるほど、3対1でも勝てぬか。……最後に大した逸材を見つけたものだな、ポポロン」



 よく通る声が、俺たちの頭上から響き渡った。

 そしてゆっくりと空から降りてきたのは、ひとりの女――のようにも見える姿をした、異形の存在だった。

 深い紫色の肌と白銀の髪を持ち、頭部に一対の角を生やしたその姿は、魔族のようにも見える。


 だが――存在の基盤にある『何か』が違う。

 生物としての俺の本能が、『こいつはこの世の存在じゃない』というメッセージを必死で脳へ送っている。

 対峙しただけで震えそうになる自分を叱咤して、俺はステッキを強く握りしめた。


「……誰だ、お前」


 現れた異形は俺をまっすぐに見下ろすと、ニィ、と黒い唇を歪めてわらった。



「我は魔神グリーゼム。――この世界を間もなく支配する神であり、貴様らにとって最大の敵だ」

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