第31話 チキュウの末路
グリフォンのところに辿り着くと、俺は『ポポロンとふたりきりで話をしたい』とミルエッタたちに伝えた。
先にポポロンの話を聞いたうえで、ふたりにどう伝えるかを考えた方がいいと判断したのだ。
だがミルエッタとアリアナは、俺の希望に納得してくれなかった。
「私たちにだって、話を聞く権利があると思うわ。仲間でしょう?」
「ミルエッタの言う通りです。エルドラさま、ポポロンさま、わたくしたちにも聞かせてください」
……確かに、逆の立場だったら俺もポポロンから直接話を聞きたいと思うだろう。
少々話しづらくなるが、ふたりの気持ちを考えると断れない。
ワーズひとりだけ先にテントの中へ入ってもらい、仲間全員でポポロンの話を聞くことにした。
「……ボクが『チキュウ』にいた頃、素質がある子を見つけては魔法少女の力を与え、魔神たちと戦ってもらっていたって話は、みんな覚えてるポン?」
ポポロンの言葉に、3人とも無言で頷いた。
「だけど、その子たちが魔神と遂に直接対決することになった時……異変が起こったポン」
「異変?」
ミルエッタが首をかしげる。
「……魔法少女のみんなが、魔神に操られてしまったポン」
「操られた……って……まさか、魔神に寝返ったの!?」
「自分の意思じゃないはずだけど、そうだポン……そしてあの子たちは、ボクが与えた力を使って……チ、チキュウに住む人たちを……」
そこから先は言葉にならないようだったが、何が起こったのかは理解できた。
確かに、今までポポロンは魔法少女について『みんなやられた』『全滅した』などとは言っていたが、死んだとは言っていなかった。
魔神と戦えるほどのすさまじい力を持った少女たちが、一斉に敵に回り、その世界の住民たちに牙を剥いたとすれば――。
「……チキュウの人たちは、『カク』っていう兵器を使って、魔法少女ごと魔神を滅ぼそうとしたポン。でもそれだけじゃ済まなかったポン。人々は疑心暗鬼に駆られて、お互いにもその兵器を向けて……」
「兵器って、投石器とかバリスタみたいなものよね? そんなので魔神が倒せるの?」
ミルエッタが怪訝そうに眉をひそめて訊いた。
俺も似たような想像をしていたが、そんなレベルのものではないらしいことは、ポポロンの顔を見ればわかった。
「ボクが見たのは、爆発する物体……バクダンだったポン。たった1発で街ひとつを吹き飛ばすほどの威力と、その後ずっと長い間、生き物や土地を汚染する性質があるらしいポン。――そんなものが、世界のいたる所に何千発と撃ち込まれたポン」
「1発で街ひとつを……!?」
「ボクは別世界の生き物だから、汚染は効かなかったけど……その攻撃で、あっという間に、世界はめちゃくちゃになったポン……」
ポポロンは頭を抱えて、ガタガタと小さな体を震わせた。
世界を滅ぼすほどの兵器――と言われてもピンとこないが、よほど恐ろしいものを見たのだろう、ということだけはわかる。
「……そんなものを食らったのに、魔神は死ななかったのか?」
「……魔法少女たちが……魔神の盾になったポン。飛んできた兵器を撃ち落としたり、バリアで受け止めたり……その過程でみんな……みんな、死んで……っ」
ポポロンの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
本来倒すべき相手だったはずの魔神に操られ、魔神を守って命を散らした少女たち……。
その場に居合わせたわけではない俺ですら、その光景を思うだけで、言葉にできないほどの怒りと悲しみがこみ上げてくる。
「まだ生き残りがいるかどうか、ボクにはわからなかったポン。だけど、きっと魔神は、生き残った魔法少女をこの世界にも連れてきたポン。そして、まだ……手駒として使い続けているポン……」
「……許せません。そんなこと……絶対に……!!」
ぎり、と並びの良い歯を軋ませながら、アリアナが言った。
俺も同じ気持ちだった。
「魔神と戦うな……って言ってたのは、その戦いの二の舞を避けるためか?」
「そうポン。どうやら魔神は、他人を自分の操り人形に変えてしまう能力を持っているみたいポン。もしもエルドラほどの力の持ち主が、魔神の手に落ちてしまったら……きっと、取り返しのつかないことになるポン」
「まるで【テイマー】のスキルですね……いえ、わたくしが手なずけられるのは知能の低い動物や魔物だけですから、上位互換と言ってもいいのでしょうか。残念ながら」
怒りと苛立ちをあらわにしつつも、アリアナは冷静に状況を受け止めているようだった。
俺はふと、以前戦った魔族たちのことを思い出した。
「……思えば、今まで戦ってきた魔族もそんな手を使う奴ばかりだったな。ドラゴンを操って町を襲ったドゥランダ、兵士を操って姫様を襲わせたプレシオーヌ……」
「あいつらは魔神の眷属だから、似た能力を持っているポン。……魔神の眷属自体は、魔法少女のみんなとの戦いでかなり数を減らしたけど、あいつらは他の生き物を操ることで何度でも戦力を増やしていく。恐ろしい存在ポン……」
ぺたり、とその場に崩れ落ちたポポロンが、哀しげにかぶりを振る。
「……ボクは、魔法少女に力を与えることしかできないポン。だから、こっちの世界でも候補を捜して、エルドラを見つけたポン。でも……また、前と同じになるかもしれない。ボクのせいで、みんな死ぬかもしれない……そう思うと、怖いポン……っ!」
「それは、ポポロンのせいじゃないだろ!」
俺はポポロンの体を両手で包むようにして、抱き上げた。
視線の高さを合わせ、大きな瞳をまっすぐに見つめる。
「ポポロンが戦う力をくれなかったら、どっちみち魔神や魔族たちにみんなやられてたはずだ。前にも言ったじゃないか? 初めて出会った時、ポポロンがいなきゃ町を焼かれて死んでたかもしれない……悪いのは魔神たちだろ? ポポロンの責任じゃない」
「で、でも……ボクが巻き込まなければ、あの子たちは……」
「エルドラさんの言う通りだと思うわよ、ポポロンさん。……弱い者は、自分の生き方を選べない。流されて振り回されることしかできないわ。あなたはそこに、選択肢を与えただけじゃないの?」
なおも不安そうな様子のポポロンに、ミルエッタが優しい声で告げた。
アリアナも、その隣で頷く。
「ご自身を責めても仕方ありませんわ。ポポロンさまの経験は、きっと次の勝利に繋がる打開策を生むはず。……ですから、前を向きましょう?」
「う、うう……ありがとうポン、みんな……。ボク……ボク、今度こそ魔神を倒せるように、できることは何でもやるポン……力を、貸してほしいポン……っ」
悲しみではなく感激の涙を流しながら、ポポロンは俺たちの顔を順に見つめた。
俺、ミルエッタ、アリアナもそれぞれに視線を交わし、頷き合う。
心はひとつだ。
決してその時のようにはさせない。
必ず、俺たちが魔神を討つ……!
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