第29話 滅びをもたらしたもの

 ミルエッタの協力により、俺は使える魔法を次々に増やしていった。

 だが、そもそもの素質の問題もあり、自分に向かない魔法はどうしても使うことができなかった。


 具体的に言うと、俺は『敵を直接攻撃する魔法』と『結界を張って相手の攻撃を遮断する魔法』は非常に得意なようで、そちらのバリエーションはいくつも使いこなせるようになった。

 逆に、回復魔法は全く使えないままだった。

 聖なる力というと、癒しが得意なイメージがあるんだが……こればっかりは向き不向きの問題なので仕方ない。

 回復魔法ならミルエッタが使えるし、俺は自分のできることに専念しよう。


 そうして各々が鍛錬に励む中、日々は過ぎていき、10日目の朝。

 とうとうグレア王国の陸地であるグレア大陸が見えた。




「あれが、グレア大陸……」


 水平線からわずかに盛り上がった広い陸地を遠くから眺めて、俺は呟いた。

 いよいよグレア王国に入る時が来た。


「ちゃんと羅針盤に従って進んできたから、おそらく港町が見えるはずよ」


 手元の地図と羅針盤を見つめて、ミルエッタが呟いた。

 ……王様の話によると、グレア王国から逃げてきた人々は、国は『魔族の大群に蹂躙された』と言っていた。

 蹂躙されたというのが誇張表現で、町もそこに住む人たちも無事であってくれればいいのだが……。



 ――そんな俺の願いは、港町の光景を眼下に捉えた瞬間、もろくも打ち砕かれた。



 まず目に入ったのは、徹底的に破壊された港湾施設。そしてわずかに海面から突き出して見える、いくつもの船だったものの残骸だった。

 町は一面、瓦礫に埋もれたような有様になっており、焼け跡からは既に煙も立っていない。

 大小さまざまな魔物たちが、我が物顔で道を闊歩しており、おそらく人だったものの死体――もう、人の形はしていないが――を食い荒らしている。


 まるで地獄だ。

 俺の隣で同じものを見たアリアナは顔色を失い、吐き気をこらえるように口元に手を当てた。


「……わたくし、グレア王国を訪問した際、この港町に来たことがあります。とても賑やかで、活気があって……素敵な町だったんです……なのに……」


「王女様、あまり見ない方がいいです。……ミルエッタさん、王女様とポポロンを頼めますか?」


 俺が静かに問うと、ミルエッタは眉をひそめた。


「エルドラさん……まさか、ひとりで降りるつもり?」


「まだ生存者がいるかもしれません。とにかく魔物を駆除して、捜してみないと。みんなも、グリフォンを降ろせるところに降ろしたら、援護に来てください」


「き、気をつけるポン、エルドラ……!」


 ポポロンの忠告に頷き返して、俺はグリフォンから飛び降りた。

 敵の数はかなり多いが、まだ町には生存者がいるかもしれない。魔法では威力が高すぎて、巻き込んでしまうおそれがある。

 そう判断した俺は、一匹ずつ倒していくことにした。


「うおおおおっ!!」


 飛び降りると同時に、死肉を貪っていた魔物の脳天を全力で踏み潰す。

 すさまじい破壊音がして、周囲の魔物たちが集まってきた。

 そいつらにも順番に拳を、あるいは蹴りを叩き込み、一撃のもとに粉砕していく。


「てめえらが……てめえらが、この町の人たちを……!!」


 俺にとっては会ったこともない人たちだが、きっと平和を享受して、幸せに暮らしていただけの人たちだ。

 それを……そのささやかな幸せを奪うやつは、許せない。

 集まってきた魔物の数は百を超えるほどだったが、俺はかすり傷ひとつ負うことなく、そのすべてを返り討ちにして絶命させた。


「……これで、全部か?」


 周囲に動くものがなくなると、俺は飛び上がって、再び町を見下ろした。

 ……見える範囲には、少なくとも魔物の姿はない。

 なら、一旦合流すべきか……そう思い、グリフォンが降りていった方へと目を向ける。


 グリフォンは町の敷地の外に降り立っていて、ミルエッタたちはそこから町の中心部に向かい、ひとかたまりになって歩いているのが見えた。

 と――ミルエッタが何かに気づいた様子で、建物の陰に駆け寄る。

 そこからもうひとつ、人影が姿を現した。遠目に見た感じ、女性のようだ。


「あれは、まさか……生存者か!?」


 俺は即座に、ミルエッタたちのところまで飛んでいった。

 女性はアリアナやミルエッタに向かって、何かを訴えるように身振り手振りを交えて話している。


「おーい!」


 俺が声をかけて降り立つと、全員が一斉に振り向いた。

 生存者は、30代半ばくらいの女性だった。身に着けている服はボロボロだが、元はしっかりした身なりのように思われる。

 ひとつにまとめた栗色のポニーテールを揺らし、彼女は俺を見て――。



 その瞬間、恐怖に顔をひきつらせた。



「いやああああっ!? 来ないで、来ないでぇぇっ!!」


 女性はその場に尻餅をつくと、半狂乱になって必死で俺から距離を取ろうとする。

 どうやら腰が抜けているのか、じりじりと後ろに下がることしかできないようだが……なんだ?


「お、落ち着いてくださいませ! この子はわたくしたちの仲間です」


 アリアナが言うと、女性はもう一度俺の方を見てから、ぶんぶんと首を横に振った。


「ウソ……だって、その恰好……間違いない……あいつらの仲間に決まってる……!」


「あいつら?」


 俺が聞き返すと、女性はカッと目を見開いて叫んだ。



「この町を滅ぼしたやつらよ! この町……いいえ、この国は……あんたみたいな恰好の女の子たちに、滅ぼされたの!!」

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