2章 魔法少女と絶望の国
第27話 ポポロンの懸念
グリフォンに乗って、俺たちは王都を出発した。
その日のうちに海上へ出て、そこから先はひたすら水平線の上をまっすぐに進み続ける。
グリフォンの背には
空気抵抗はミルエッタが魔法で中和してくれているし、よく揺れることを除けば案外住み心地は悪くない場所だ。
移動にかかる10日ほどの間に、俺はミルエッタに魔法の解析をしてもらうことになった。
ミルエッタが持つ【大賢者】のスキルとは、単に自分があらゆる魔法を使いこなせるというものではない。
変身するまで魔法の使えなかった俺には実感がないが、スキルの効果で、あらゆる魔法の原理や知識が直接頭の中に湧き出てくるのだという。
原理を理解したうえで、従来の魔法を応用したり効率化したりして、より強力な魔法や性質の異なる魔法を発見、もしくは創造する。
それが【大賢者】の力の本質なのだそうだ──俺にはあまりよくわからないが。
「……やっぱり、エルドラさんの使う魔法は、私たちの知ってるそれとは全く違うようね」
出発から2日目の朝。
俺の手を取って魔力を感じていたミルエッタは、困ったように眉根を寄せて、小さくかぶりを振った。
「以前見せてくれた魔法……
「じゃあ、応用はできないってことですか?」
「いえ、できると思うけど時間がかかりそうなの。そのステッキが曲者なのよね……」
俺の横に置いてある、魔法少女のステッキを見つめて、ミルエッタは厳しそうに眉をひそめた。
「エルドラさんはすごい魔力を秘めてるけど、その魔力を自分の肉体から取り出す術を今のところ持たないようなの。自分の肉体からごく近い範囲で、直接延長する形でなら、あなたが飛ぶ時に出している光の翼のように使うことはできるみたいだけど……力を外部へ放出するためには、そのステッキが必要なのよ」
「えーと……どういうことなんです?」
「……要するに、私は先にそのステッキについて仕組みを学ぶ必要があるわけ。しばらく貸しておいてくれる?」
要点だけを簡潔に伝えられた俺は、素直にステッキをミルエッタに手渡した。
グレア王国がどうなっているのかはわからないが、今までより危険な状況になるのは間違いないだろう。仲間を守るためにも、俺はもっと力をつけねばならない。
「あと、【魔法少女】についてはポポロンさんが詳しいんでしょう? 力を使いこなしたいなら、彼女にも相談してみたらどうかしら」
「ん? ああ、そういえば……ポポロンの奴、今日はまだ見かけてないんですけど、どこかで見ませんでした?」
「さあ……? でも、テントから出てないのならすぐ見つかる範囲にいるんじゃないの?」
ミルエッタの言うとおりだな、と思いながら俺は立ち上がると、ポポロンを探してテントの中を歩き回った。
一軒家くらいの巨大なテントとは言ったが、壁や仕切りの類は必要性が薄いためほとんど存在しない。食事も睡眠も雑談も、基本的にはひとつの大部屋で行っている。
例外はトイレくらいのもので、そこだけはテントの隅でドアを隔ててある。用を足した後のものは、レバーひとつで海に落ちる仕組みだ。
そういえばポポロンってトイレはどうしているんだろう、などとどうでもいいことを考えつつ中を覗いてみたが、そこにもポポロンはいなかった。
「どこ行ったんだ、あいつ」
どんどん心配な気持ちが膨らむのを感じながら、テントの外に出た。
外に出てすぐのところで、アリアナが剣の鍛錬をしている。こちらに気づくと動きを止め、汗をタオルでぬぐいながら歩み寄ってきた。
「おはようございます、エルドラさま」
「おはようございます。朝から精が出ますね、王女様」
騎士にも引けを取らないと自称していた通り、第一王女の身分とは思えないほどの鋭い太刀筋だ。ここまで鍛えるのには相当の努力を重ねてきたことだろう。
素直にねぎらいの言葉をかけたが、アリアナはなぜか不満げに頬を膨らませた。
「もう……わたくしのことはアリアナとお呼びください。今や、わたくしたち3人は運命を共にする仲間なのですよ? ――いえ。エルドラさまのことはそれ以上にお慕いしております。ああ、勇敢さと可憐さを秘めたあなたさまのご尊顔を拝するたび、わたくしの胸はときめきの炎に焦がれて――」
「……ポポロンを見ませんでした?」
俺は思いっきり目をそらしながら、話を変えた。
アリアナはまた一瞬不満げな顔をしたが、すぐ異変に気づいた様子で目を丸くした。
「テントの中にはいらっしゃいませんでしたの?」
「ええ。あとは外かと思って、出てみたんです……昨日の夜までは、確かにいたんですけどね」
「それはおかしいですね。手分けして捜しましょうか」
事の重大さを察した様子で、アリアナはグリフォンの首の方に向かって小走りで駆けていった。
まさかあいつ、勝手に外に出て、グリフォンから落ちたんじゃないだろうな……?
不安になりながら、俺はテントの外周に沿って歩き始めた。
「……ん?」
出入口の反対側まで来ると、テントのすぐそばで座り込んでいるポポロンの姿があった。
俺の心配は杞憂だったらしい。
「おーい、ポポロン! 何やってんだ、こんなとこで」
「あ……エルドラ」
こちらに振り向いたポポロンは、長い耳をぺたんと伏せており、どこか悲しそうな様子に見えた。
俺が近づくと、これまた長い尻尾を落ち着きなくぱたぱたと揺らしてみせる。
「……ちょっと考え事をしてたポン。前にいた世界のことで」
「ああ、『チキュウ』って世界のことか?」
「ボク、今まで魔法少女を見つけることで頭がいっぱいだったポン……ボクにはそれしかできないから。だけど、キミという仲間を得て……これからのこと、詳しく対策を考えなきゃいけないと気づいたポン」
「対策?」
俺の問いに、ポポロンは小さく頷き返す。
「エルドラ。今後、キミが魔神たちと戦う中で……戦闘するのは、魔神の配下だけにとどめてほしいポン。もし魔神と相対することがあっても、直接は戦わないでほしい。できれば遭遇するのも避けたいし、万が一出会った時は全力で逃げてもらいたいポン」
「……どうしてだ?」
ポポロンがそんな指示を下す理由がわからず、俺は当然のつもりで質問を重ねたが、ポポロンは逃げるように顔を伏せた。
「……それは、言えないポン。とにかく、キミが魔神と戦うのは危険ポン。ボクを信じてほしいポン」
「なんで言えないんだ? 俺を信じてないのか?」
「そうじゃないポン! でも……ボクは……」
ポポロンが何かを言いよどんだ時、後ろから近づいてくる気配を感じた。
振り返ると、アリアナだった。
「エルドラさま! ポポロンさまはここにいらしたのですね。ご無事でしたか?」
「え、ええ……」
「それは何よりです。そろそろ朝食にいたしませんか? まだまだグレア王国は遠いですが、食事はしっかり摂れるうちに摂りませんとね」
笑顔でそう誘われると、断るのもはばかられるし、話の続きをする空気でもない。
仕方なく、俺はポポロンの懸念を一旦頭から追いやって、朝食を食べるためにテントへ戻ることにした。
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