第24話 面倒くさい予感
その後、受け取った包帯で右手の紋様を隠してから、俺はミルエッタとともに街へ出た。
とはいえ装備や食糧を見る必要もないので、俺たちの行動は極めて無軌道なものとなった。
ミルエッタの希望で服やアクセサリーを見て回ったり、一緒にお茶をしてお菓子を食べたり……。
なんかデートみたいだな、と思う一方で、俺のようなおっさんではミルエッタに釣り合わないことも理解していた。
そもそも酒を飲むだけという約束だったのに、ミルエッタは妙にめかし込んで来ていたせいもあり、街の至る所で男たちの視線の的になっていたので尚更だ。
(そういえばミルエッタの奴、恋人とかいるんだろうか?)
世間一般で言われる結婚適齢期は10代後半から20代前半なので、何ならミルエッタは恋人どころか結婚相手がいてもおかしくない歳だ。
もしそういう相手がいるなら、いくら昔の仲間とはいえ、俺がふたりきりで夜中に酒を酌み交わすのは倫理的によくないだろう。
お茶をしている最中、ふとそのことに気づいた俺は、率直に尋ねてみることにした。
「なあ、ミルエッタ。急に変なこと訊くみたいで何だけどさ……お前、恋人とかいるの?」
「へっ!?」
ミルエッタはこちらの質問に顔を真っ赤にして、手にしていたティーカップを取り落としそうになった。
「い、いないわよ? ……今は」
「そっか。ならいいんだ」
「そ、そういうブロスはどうなの?」
「俺? 俺は全然モテないよ。『ブロスさんっていい人ですよねー』とはよく言われるけど、なんかそういう対象とは見られないんだよな」
「よしっ……!」
自虐的に笑いながら答えると、ミルエッタはまるで何かの手ごたえを得たかのように、机の下でぐっと拳を握り締めた。
隠しているつもりなのかもしれないが、バッチリ見えている。
「おいおい、俺がモテないのがそんなに嬉しいか?」
「えっ? い、いや、違うのよ。違うんだけど……ねえ、そろそろ飲みにいかない? 知り合いがやってるバーがあるのよ」
やたら強引に話をそらされたような……。
とはいえ、もう夕方の4時だ。
少し早い気もするが、明日は出発するかもしれないし、早めに飲み始めて早めに切り上げた方がいいだろう。
俺はミルエッタに同意し、彼女の案内でバーに向かうことにした。
ミルエッタが案内してくれたバーは、表通りから小さな路地へ入ったところにある、隠れ家のようなたたずまいの店だった。
先にミルエッタがドアを開いて、俺はその後に続く。
店内はかなり狭い。10にも満たない数のカウンター席があるだけで、まだ早い時間ということもあり俺たち以外に客の姿はなかった。
でもこの規模の店なら人件費もかからないだろうし、こう見えて儲かってるかもな――などと、職業病で余計なことを考えてしまう。
カウンターの中でグラスを磨いていた、50歳くらいに見える身なりのきっちりした男性がこちらを見た。
「やあ、いらっしゃい……お、ミルエッタさん。久しぶりだね」
「ええ。……ここのマスターは王宮でコック長をしていたんだけど、自分でバーをやりたいって言って辞めちゃったのよ」
男性――マスターらしい――の方を見ていた俺に、ミルエッタがそう紹介してくれる。
すると、マスターの方も目を丸くして俺を見た。
「ほほう、ミルエッタさんが誰か連れてくるなんて初めてじゃないか? しかも男の人をねえ……」
無遠慮な視線を吹き飛ばすように、ミルエッタがわざとらしく咳払いした。
「とにかく乾杯しましょ。マスター……強いお酒をちょうだい。割らなくていいから」
「えっ」
俺とマスターの声が重なった。
1杯目から飛ばしすぎじゃないか? と思ったが、マスターの反応を見るに、どうもそれだけではないらしい。
「ミルエッタさん、いつもはお酒なんて飲まないじゃないか。料理はよく頼んでくれるけど……そもそも飲めるの?」
「……今日は勢いをつけたいのよ。いいから、お願い」
ミルエッタはひそひそと小さな声で言ったが、俺にはよく聞き取れなかった。
何かを察した様子で頷いたマスターに、俺はエールを注文する。
ほどなく、酒の注がれたジョッキとグラスがカウンターに並べられた。
俺とミルエッタはそれぞれ手に取り、微笑みを交わす。
「では、再会と……10年越しの誤解が解けたことを祝して、乾杯!」
俺の音頭で、軽くジョッキとグラスをぶつけ合った。
そのまま、まずは一口――爽やかな麦の香りが鼻孔を抜け、しゅわしゅわとした炭酸が喉を刺激しながら胃に滴り落ちていく感覚がたまらない。
一口では止まらず、一気に三口分ほど飲んでしまった。これは良い酒を仕入れている。
俺はジョッキを置くと、マスターに賞賛の言葉をかけようとしたが、目の前でとんでもないことが起きているのに気づいてぎょっとした。
「んぐっ……んぐっ…………ぷはぁぁっ!!」
……ミルエッタが、一気にグラスの中身を飲み干してしまったのだ。
これにはマスターも血相を変えて、水を注いだグラスを別に出してきた。
「ちょ、ちょっとミルエッタさん! それ、一気に飲むような酒じゃないから! 水! 水を飲んで!」
「んー……あー?」
ぐりん、と頭を揺らして聞き返したミルエッタの目は据わっていた。
もしかしたら酒豪かもしれない、という俺の希望は脆くも打ち砕かれたようだ。
「んぐ、んぐっ……ぷはぁ。ちょっとぉ……ブロスぅ」
水をがぶ飲みしてから、ミルエッタは俺の腕に腕を絡めてきた。
二の腕に感じる幸せな感触……を打ち消すように、一気に酒臭くなった吐息がかかる。
「……どうした?」
「どうもこうも、ないでしょぉ。10年も会ってなかったんだからさぁ……その間のこととか、色々聞かせなさいよぉ。特に、そう……恋愛の話とか!」
「いや、それならさっき言ったろ……俺全然モテないし、浮いた話はないって」
「ウソだぁ!」
空になったグラスをカウンターに叩きつけるように置いて、ミルエッタは怒鳴った。
「私、信じないからぁ……ブロスみたいな、真面目で、優しくて、頑張り屋な人が、モテないわけないじゃん!」
「それ以外に取り柄がないんだって、俺の場合。パッとしないんだよ」
「いーやっ、絶対隠してる! あんたが気づいてないだけで、あんたに惚れてた女の子は絶対いるわよ! でなきゃ私が変みたいじゃん……ちょっとマスター、おかわり! 次は私もエールでいいから!」
当の本人がないと言っているのに、なぜか断定口調で否定したかと思うと、ミルエッタはおかわりまで頼み始めた。
そこまで強くないエールに切り替えたからか、マスターも素直に二杯目の酒をジョッキに注ぎ始めている。どうやら長期戦になりそうだ。
「すげえ面倒くさい予感がする……」
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