第23話 出発を控えて
ミルエッタ、ポポロンと3人で食後の紅茶を(ポポロンは皿に移して)飲みながら、俺は今後の予定について尋ねた。
「姫様は、移動手段として使う魔物を確保しに行ってるところよ。明日には戻ってくる予定」
「魔物の確保か。そういえば、アリ……いや、王女殿下は【テイマー】のスキルを持ってるんだったな」
「知ってたの? まあ、有名な話だものね。知能の低い魔物や動物なら、姫様は簡単に手なずけられるのよ」
スキルの効果については聞きかじった程度だったが、やはりそういう効果だったか……。
ん? スキル?
スキルといえば、何か大事なことを忘れているような──。
「……あら? ねえブロス。あなたの右手の甲にある、それって……」
「へ? ──ああああっ!?」
ふとミルエッタに右手の甲を覗き込まれて、俺は大慌てで右手を隠した。
そうだった……! 俺の右手の甲には【魔法少女】のスキルの紋様があるんだ!
こんなもんを見られたら、俺の正体がエルドラだって一発でバレちまう!
「あなたと再会してから、謝らなくちゃって思うばかりで気づかなかったけど……それ、もしかしてスキルの紋様じゃないの?」
「ちち、ちっ、違う! これは、その、火傷の痕だよ! や、焼けただれててグロいから普段は隠してるんだけど……」
「別に、冒険者ならもっとひどい傷跡の人だって珍しくないでしょ? 隠さなくたって、気にしないのに」
「いや、もう隠すのがクセみたいになってるからさ……包帯かなんか持ってないか?」
「はあ……後でメイドに頼んでおくわよ」
ミルエッタは俺の過剰な反応に呆れていたが、スキル名までは見えなかったようだ。
た、助かった……。
「話を戻すけど、姫様は鳥の翼と獅子の体を持つ巨獣グリフォンを連れてくるはずよ。普段は魔物を移動手段に使うなんてことしないんだけど、グレア王国に渡るには都合がいいから」
「それって、今捕まえに行ってるってことか?」
「そんな運任せな真似しないわよ。姫様が今まで使役したことのある魔物のうち、気に入った個体や希少な個体は野に返さず、王都から少し離れたところにある牧場で放し飼いにしているの。グリフォンもそこにいるわ」
「なるほど。本当に、移動手段を取りに行ってるって感じか」
それなら、明日には戻るという予定も、そう大きく前後することはないだろう。
「だから、何か準備するものがあったら今日中に済ませた方がいいわね。もちろん、エルドラさんが戻るまで出発はできないから、明日出られるとは限らないけど」
「準備か……」
「といっても、食糧や野営用の物資、その他生活に必要なものは全て陛下が手配してくれてるわ。何かいるとしたら装備品くらいだけど、エルドラさんは自前の杖があるみたいだし、必要ないかもね」
……確かに、そういうことなら準備はいらないかもしれない。
下手に鎧とかを持っていっても仕方ない……というか、そもそもエルドラの体型だとサイズがなさそうだし。
「今日の私はあなたの監視役だから、外出時は一緒に行くことになるわ。そこで、ブロス……相談なんだけど……」
「ん?」
ミルエッタは窓の外へ視線を向けて、黒曜石を溶かしたような長い黒髪を一房つまむと、指先で弄り回しながら言った。
「よ、よかったら、今夜……一緒にお酒でも飲まない? その……誤解も、解けたことだし……」
「酒? でもお前、確か酒は飲まなかったはずじゃ……」
「あ、あの頃の私はまだ16だったでしょ!? 今はもう、子供じゃないんだからっ」
「はは、そりゃそうか。わかった、行こうぜ」
俺が了承すると、ミルエッタは表情をぱあっと輝かせた。
「じゃあ、いつから出かける? ずっとこの部屋にいてもつまらないでしょうし」
「今からでもいいぜ? あ、でも包帯を持ってきてもらえるまでは待ちたいな」
「わかった、すぐ伝えておく。私も一度部屋に戻って支度するね。あ、それから……これを持ってきたの。あなたのものよ」
ミルエッタは朝食を載せてきたカートの下部から、金貨の詰まった袋を取り出し、テーブルの上にドンと置いた。
「なんだ、これ?」
「10年前に私たちの拠点だった借家の、あなたの部屋にあったお金よ。いつか返せる日が来るかもしれないと思って、大事に取っておいたの」
こんなに貯めてたっけか……当時はミルエッタのおこぼれにあずかって、確かにかなり儲けてたからな。
いずれにしても、拒む理由はない。ありがたくいただいておこう。
「あと、あなたの装備品もとってあるんだけど、どうする? 貸し倉庫に入れてるから、取り出すのには少し時間がかかるんだけど……」
「いや、それはいいよ。大したものはなかったと思うし」
それらも、エルドラに変身した状態ではサイズが合わなくて使えないだろう。
俺が冷静に答えると、ミルエッタは静かに頷いて立ち上がった。
「じゃあ私、後でまた来るわね。それまで待ってて」
いそいそと、ミルエッタはカートを押して出ていってしまった。
あいつも、今まで自分が俺を死なせたと思っていたぶん、肩の荷が降りて清々しい気持ちなんだろう。
「……ミルエッタ、相当浮かれてるみたいポンね」
「今まで気に病んでたんだろうな。この後、ポポロンも一緒に来るか? お前だけ留守番させるのも悪いし」
俺はポポロンに気を遣ってそう誘ったが、なぜか当のポポロンは、俺に冷ややかな目を向けてきた。
「ブロス……ミルエッタは10年間、ブロスの所持金や装備を大事に保管してたポンよ? そう聞いて、何か気づかないポン?」
「え? ああ、ありがたいよな。そういえばお礼を言ってなかったよ」
「……ボクはここで寝てるポン。馬に蹴られて死ぬのは嫌ポン」
「馬? 確かにポポロンは小さいから危ないけど、気をつけてれば蹴られはしないだろ?」
「あーもう、こういう言葉は通じないから困るんだポンっ……」
呆れたように言って、ポポロンはベッドに潜り込んでしまった。
何が言いたいのか、さっぱりわからん……。
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