第22話 人生最大の過ち
「……あの日の出来事は、そう……私にとって、人生最大の過ちだったわ……」
俺が放心状態から立ち直ったのを見て、ミルエッタは静かに語り始めた。
「私は、あの頃……何度も死にかけていたブロスを治しながら、思ったのよ。このままだといつか、あなたは死んでしまう……って」
「……それについては、迷惑かけちまったな」
「いいのよ。私が強すぎたせいで、危険な依頼にあなたたちを連れ回してしまったの。本当は私がパーティーを抜けて、分相応な仲間を見つけるべきだったのよ」
「いや……クリザとユーメにとって、ミルエッタは絶対に必要な存在だったんだ。当時のお前が何を言っても、全力で引き留められただろう」
「かもね。……私がそんな環境に居心地の良さを覚えていたのも、今思えば、あの事件が起きた原因のひとつだったわ」
眉尻を下げたまま自嘲気味に哀しく笑って、ミルエッタはかぶりを振った。
「とにかく……私は、ブロスを死なせたくなかった。だから、何とかして冒険者をやめさせようと思ったの。追放なんかしたら余計に無茶をするかもしれないし、私の目が届くところで、平穏に暮らしていてほしかった……」
「……だったら、そう言えばよかったじゃないか」
「ええ……言葉が足りなかったわ。私がそのことに気づいたのは、クリザとユーメがあなたを刺して崖から突き落としたと報告を受けた後……」
その時のショックを思い出しているのか、ミルエッタの目に、再び涙が浮かんだ。
「私、当時は無口で無表情で……全然社交的なタイプじゃなかったでしょう? でも、ブロスが声をかけてくれたから、初めて仲間ができて……そのままでいいと思ってた。自分が他人からどう見られてるかなんて、まるで考えてなかった……」
「……ミルエッタ……」
「そのせいで大切な人が死んじゃうなんて、思ってもみなかったのよ……! 本当に、想像力のない……バカな子供だった……」
ぽろぽろと溢れる涙をぬぐおうともせず、ミルエッタは続ける。
「でも、ふたりから聞いた場所をいくら捜しても、あなたの死体は見つからなくて……もしかしたら、生きてるかもしれないって思った」
「ああ……だからあの後、俺を捜してたんだろ? それは知ってる」
「……あなたは私に命を狙われたと思ってるんだから、たとえ生きてても、私の前に姿を見せるはずないのにね。バカよ、私……本当に……」
ミルエッタは深く肩を落とし、過去の自分に向けて毒づくように言った。
どうやら話に区切りがついたようだと思いながら、俺はミルエッタの顔を覗き込んで尋ねる。
「……ひとつ、訊いてもいいか? その後、パーティーは……クリザとユーメはどうなった?」
「あのふたりは、ブロスの一件で私との仲が険悪になったら、あっけなく冒険者をやめたわ。あの後、子供が生まれたからというのもあるでしょうね……それまでに稼いだお金を持って、故郷に帰ったはずよ」
「子供は無事に生まれたのか?」
「ええ、そうだけど……?」
「そっか。……よかった」
俺が肩の力を抜いて安堵の声を漏らすと、ミルエッタは驚きに目を丸くしてこちらを見上げた。
「……恨んでないの? あのふたりのこと……」
「……当時はそりゃ、ふざけるなと思ったよ。あのふたりが、俺を死んでもいい存在だと思ってたことにはひどく傷ついた」
ブロスが死んでも、悲しむ人はもういないんだから──。
あの時のユーメの言葉が、頭の中に蘇った。
10年が経った今でも、思い出すと胸をチクリと刺されるような気分だ。でも……。
「でも、不幸な行き違いだったんだろ? だったら、恨んでもしょうがないさ。……もちろんお前だって悪くないよ、ミルエッタ」
「で、でも……私のせいで、ブロスは……!」
「いいって。……もういいんだ。それより俺、殺意が湧くほどミルエッタに嫌われてると思ってたからさ。そうじゃなかったんだってわかっただけでも、嬉しいよ」
「……ブロス……う、うっ……ごめんなさい……」
「もう泣くな。……っつーか、いい加減に服着てくれ! 素っ裸にシーツ巻いただけの姿じゃ目のやり場に困るんだよ!」
泣き続けるミルエッタを見かねて、重い空気を吹き飛ばそうと、あえておどけた調子で叫んだ。
ミルエッタは、まるで今更自分の格好に気づいたかのように頬を赤らめ、シーツの上から胸を腕で隠して視線を伏せる。
「そ、そうよね。ごめんなさい。……服を着るから、あっち向いてもらってていい?」
「ああ、まったく……」
俺が言われた通りに背を向けると、後ろからゴソゴソと服を着る音が聞こえた。
窓の外は嫌になるほど明るく晴れ渡っている。
考えてみれば、朝から重い話をしたもんだが……ずっと心に引っかかっていたことが、単なる誤解だったとわかって安心した。
「もういいわよ、ブロス。……ところで、私からもひとつ訊きたいんだけど」
呼びかけに振り返り、ちゃんと服を着たミルエッタに向き直ると、彼女は何かを疑うようなジト目でこちらを見つめながら言い出した。
「あなた、エルドラさんとはどういう関係なの?」
「へ? ……どうって、仲間……だけど」
「それだけ? ……彼女、すっごく可愛いし、なんかエッチな服着てるし、歳のわりに発育もいいし……い、異性として見てるんじゃないの……?」
「見ねえよ!」
そもそもエルドラは俺だよ──とはさすがに言わなかったが。
それにしても、やっぱり他人の目から見てもあのコスチュームは問題あるんだな。謁見に備えて着替えさせられたのは、そのせいだったのかもしれない。
俺が即座に否定すると、ミルエッタはなぜか安心したように微笑んだ。
「そっか……それならいいの。ふふっ♪」
「……なんで機嫌良さそうにしてんだ……」
朗らかな笑顔を見て、俺は逆にげんなりしながら呟いた。
ミルエッタが俺に対してどんな気持ちを抱いているのか、多少は理解できたと思うが……その一方で、まだまだわからないことも多いようだ……。
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