第21話 そんなバカな話

 ミルエッタのとりなしで、俺はどうにか滞在を許されることになった。

 とはいえ、無断で王宮へ侵入した(ことになった)件はしっかり怒られたが。

 また、『エルドラさまの仲間なら……』ということで特例として滞在は許されたものの、エルドラ用の部屋とは別の客室をあてがわれ、勝手に出歩くことは禁じられた。


「まあ、しょうがないポン。まさかアリアナが合鍵を使って入ってくるなんて思わなかったし、頃合いを見てエルドラに戻れば丸く収まるポン」


「さっきはポポロンがいてくれて助かったよ。ありがとな」


「ボクとしても、ブロスが捕まったら困るポン。気にしなくていいポン」


 自分に――ややこしいが、『エルドラ』ではなく『ブロス』に――あてがわれた客室の椅子に座って、俺はポポロンと今後について話し合っていた。

 ひとまず、あと2、3日くらいはブロスとして過ごすしかないか……俺はエルドラの仲間ということにしているので、その間、グレア王国へ渡る準備を代わりにやっておいてもおかしくはないだろう。

 そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。


「どうぞ」


 俺が呼びかけると、遠慮がちにドアが開かれ……怯えたような顔のミルエッタが、部屋を覗き込んできた。


「……ブ、ブロス。朝食を持ってきたわ……」


「え? ……お前が?」


「私が希望して、監視役としてつくことになったの。何か足りないものがあったり、城下町へ出たりしたければ言って。王宮の中は自由に歩かせられないけど……」


 そう言いながら、ミルエッタは朝食の乗ったカートを押して部屋に入ってくる。

 焼いて間もないらしく、芳醇な香りのするバターロール。鮮やかに彩られた生野菜のサラダに、半熟のベーコンエッグ。

 庶民的だが申し分のない食事だ。たぶん、賓客用というより城の勤め人が食べるためのメニューなんだろう。

 しかし……俺は手を伸ばすのがためらわれた。


「わーい、おいしそうポンね! ……どうしたポン、ブロス? 食べないならボクが先にもらうポンよ」


「あ、ちょっと待て……!」


 ポポロンがバターロールを前足で掴んでかぶりつこうとするのを、とっさに止めに入る。

 が、ポポロンは俺の制止を聞かずに、とっとと食べ始めてしまった。


「……毒なんて入ってないわ。安心して」


 配膳を済ませたミルエッタが、視線を伏せながら言う。

 ……俺は少し迷ったが、その言葉を信じることにして食べ始めた。

 王命を受けた魔法少女エルドラの仲間としてここにいる俺を、こんなところで殺すはずもない。やるならもっと人目につかない場所と、自分が疑われない方法を選ぶはずだ。


(今、こいつに殺されてやるわけにはいかない……)


 ミルエッタが10年前、そして今、俺に対してどのような感情を持っているのかはわからないが、何にしても今の俺には使命がある。

 オーナーのような被害者をこれ以上出させないためにも、魔神を倒す。そう誓ったのだ。

 飯を食べながら、横目でミルエッタの様子をうかがい――俺は驚きに目を剥いた。



「……ぐすっ……うっ……ひくっ……」



 ミルエッタは泣いていた。

 とめどなく溢れ出る涙を指先でぬぐい、整った顔を悲痛に歪めて何度も鼻をすすっている。


「……な、なんだ? どうしたんだよ……?」


「ご、ごめん、なさい……ブロスが……ほんとに、生きてたんだって、思って……そうしたら、涙が……」


 ……何を言ってるんだ、こいつ?

 何かの作戦なのか? 俺を油断させようとしてるのか?

 ミルエッタに対して特に恨みを持ってはいなかった俺だが、こんな態度を取られると、意味のわからなさで苛立ってきた。


「ああ、残念ながらお前は俺を殺し損ねたんだよ。それで悔し泣きか?」


 精一杯の皮肉を込めて言ってやると、ミルエッタの顔色がさっと蒼ざめた。


「ちがっ……違うの、私は……!」


「何が違うんだ? お前がクリザとユーメに命令したことを、俺が知らないとでも思ってるのか? 俺はあの晩、お前とクリザが話してたのを直接聞いたんだよ。今更しらばっくれるな!」


 この期に及んでシラを切ろうとする、その態度に心底腹が立った。

 テーブルを叩いて怒鳴りつけると、ミルエッタは唇を震わせ、その場に膝をつく。


「……っ……ブロス……」


「今の俺には役目がある。……昔のことは、お互い忘れよう。俺はお前と関わり合いになりたくない。必要最低限のこと以外で、俺に話しかけないでくれ」


 決別の言葉を突きつけて、俺は顔をそむけた。

 これだけ言えば、ミルエッタも引き下がって出ていくだろう。そう思ったのだ。


 ……足音はしなかった。その代わりに、なぜか衣擦れの音が聞こえた。

 俺は意地でもミルエッタが立ち去るまで顔を向けてやらないつもりでいたが、やけに沈黙が長い。


「ブロス……こっちを向いて……」


「何なんだ。さっさと出ていってく――」


 再び苛立ち交じりに怒鳴りつけようと、ミルエッタの方を向いて、俺は言葉を失った。



 ミルエッタは姿、床に額を擦りつけるようにひれ伏していた。



「……ごめんなさい……何でもするから……今ここであなたに襲われても、殺されても構わない……だからどうか、私のことを許して……っ」


「……は、はあ!?」


「お願い……本当に、私が悪かったの……でも、あなたを殺すつもりなんてなかった……! 信じて、ブロス!」


 ミルエッタが上体を起こし、涙ぐんだ顔を上げる。

 それと同時に、胸元の白い膨らみがゆさりと揺れるのが視界に入り、俺はベッドへ猛ダッシュした。

 シーツをひっぺがし、ミルエッタの裸体を隠すように投げつける。


「なんで脱いでんだよ!? 俺と再会してからのお前、やることなすこと意味がわからなさすぎるだろ……! どういうつもりだ!」


 本当にあらゆる意味で、俺の知っているミルエッタとはまるで別人のようだ。

 何なんだ、まったく……こいつの考えることは今も昔も、さっぱりわからない。


「……やっぱり。ボクもブロスの話を聞いて疑問に思ってたポン」


 テーブルの下から、ひょっこりとポポロンが顔を出した。

 俺とミルエッタが険悪なムードになったのを見て、隠れていたらしい。


「ミルエッタって、本当は……ブロスに事務方や後方支援を任せたかっただけじゃないポン? それで、冒険者をやめさせるって言い方をしたんじゃないポン?」


「……な……に?」


 ポポロンの言葉を聞いて、俺は固まった。


「いや……いやいやいや、待てよ。そんなバカな話はないだろ。それじゃあ……」


 クリザとユーメは、勘違いで俺を殺そうとしたっていうのか?

 ミルエッタのご機嫌取りに終始していたあのふたりが、彼女の言葉を深読みして……そのせいで、俺はあんな目に……?

 まさか――と思ってミルエッタの方を見ると、彼女は涙ながらにうなずいた。


「……ポポロンさんの言う通りよ。そんなバカな話のせいで、私は――守ろうとしたはずのあなたを、殺してしまうところだったの……!」


「……うそ、だろ……?」


 今度は俺が、膝から崩れ落ちる番だった。

 頭の中が真っ白になり、しばらくの間、俺はただ放心することしかできなかった……。

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