第20話 王女が夜這いに来るんじゃねえよ

 ……ベッドの中で、何かが蠢いている感覚があった。

 明らかに自分とは違う生き物が、同じベッドの中でもぞもぞと動いている……。


「うふふふふ……♡ エルドラさまぁ……♡」


 しっとりと熱のこもった、少女の声……。

 俺は夢を見ているのだろうと思い、重い体を起こすのも面倒で、そのままにさせておいた。

 すると次に、脚を遠慮なく撫で回してくる感触があった。


「……はて? エルドラさま、こんなに骨太だったでしょうか……しかも毛深く……て……」


 少女の声が疑念を含み、突然勢いよく掛け布団を剥がされる。

 その直後、息を呑む音が聞こえて──。



「きゃああああああっ!?」



 絹を裂くような悲鳴によって、俺の意識は急速に覚醒した。


「うわっ……!?」


 目を開ければ、ネグリジェ姿のアリアナ王女が、ベッドの上でへたり込んでいた。

 信じられないものを見るような目で俺を見下ろし、わなわなと肩を震わせている。


「なっ……何者ですか、あなたは!? ここはエルドラさまにあてがった寝室のはず……! どこから王宮に侵入してきたのですか!?」


「い、いや、それは……」


 見られた……元の姿を、完全に見られた!

 俺は頭の中が真っ白になり、どう言いつくろえばいいのかわからなくなる。


 そうこうしている間に、廊下でドアの開く音や足音が聞こえてきた。

 さっきのアリアナの悲鳴を聞きつけたのだろう。

 止める間もなく、部屋のドアが開かれ、ミルエッタが飛び込んできた。


「エルドラさん!? 今の悲鳴はいったい……」


「ミルエッタ、助けて!」


 アリアナはすぐにベッドから飛び降り、ミルエッタにすり寄っていった。

 ミルエッタは目を丸くしてアリアナを見下ろす。


「アリアナ!? ここはエルドラさんの寝室のはずじゃ……」


「わたくしがエルドラさまと一夜をともにしようと、合鍵を使って部屋に入ったら、あの男がベッドに寝ていたのです!」


 王女が夜這いに来るんじゃねえよ!!

 俺は立場を忘れて叫びたい気持ちになったが、さすがに言葉を飲み込んだ。

 ミルエッタは露骨にげんなりした顔をして、深い深い溜息をつく。王女との付き合いが長いぶん、遠慮がないのだろう。


「アリアナの行動については一旦置いといて……城の兵士か誰かじゃないの? なんでここで寝てるのかは、知らない……けど……」


 ミルエッタはそこでようやく、まじまじと俺の顔を見つめた。

 その目が驚きに見開かれる。



「…………ブロ、ス?」



 俺は何も言えなかった。

 まさか、一瞬で思い出されてしまうとは──人違いだと言ってごまかそうとしても、通じないだろう。

 アリアナは眉をひそめ、ミルエッタと俺の顔を交互に見比べる。


「どういうこと? あなたたち、お知り合いなんですの?」


「ブロスよね……? まさか……まさか、生きてたなんて……」


 ミルエッタはとてつもないショックを受けたように、膝から崩れ落ちた。

 返答に窮した俺の視界の端、椅子の上で丸まって寝ていた毛玉が、ようやく騒ぎに気づいた様子で動き出す。


「んん〜……さっきから騒がしいポン……まだ夜なのに何ポン? ……うぇっ!?」


 ポポロンは眠たげに前足で目を擦ってから、ようやく状況を理解した様子で驚きの声をあげた。


「どど、どういうことポン!? 何が起きてるポン、ブロス!?」


「バカ、名前を呼ぶな!」


 俺はとっさに怒鳴ったが、遅かった。

 ミルエッタは確信を得たようにスッと目を細める。


「やっぱり……ブロス、あなたなのね。……でも、どうしてここに……?」


 悲しんでいるようにも、怒りを抑えているようにも見える表情と声で、ミルエッタは問いかけてくる。


 廊下には大勢の兵士が詰めかけてきており、扉が開いたままのこの部屋に当たりをつけて、何人かが飛び込んできた。

 アリアナは警戒心を露わに俺を睨んでいる。曖昧な返事が許される空気ではない。

 俺は必死に、この場を乗り切る方法を考えて……答えた。


「お、俺は……エルドラの仲間なんだ!」


「……あなたが、エルドラさまの?」


 アリアナの目は、未だに疑いの光を宿したままだ。

 その視線を受け止めるように、ポポロンが俺の前に立つ。


「そ、そうポン! ブロスはエルドラに必要な物資を調達したりして、裏からサポートしてくれてるポン!」


「……ポポロンさまがそうおっしゃるなら、嘘ではないのでしょうね。でも、どうして……というか、どうやってこの寝室に?」


「ブ、ブロスは隠密行動が得意で、城に忍び込むのもお手のものなんだポン。エルドラは、えーと……ど、どうしていないんだったポンかね、ブロス?」


「えっ? それは、あー……そう、エルドラの友人が助けを求めてるんだよ。村に魔物が出て困ってるって……お、俺はその伝言を預かって、会いに来たんだ。エルドラはすぐ飛んで行っちまったよ」


 ポポロンが嘘の関係をとっさにでっちあげてくれたおかげで、アリアナの猜疑心はかなり薄らいだようだが、俺もポポロンも一切こういう時の打ち合わせをしていなかったので、相当ギリギリでもちこたえる形になっている。

 やはりというか当然というか、アリアナは怪訝な目で俺のことを睨んできた。


「だからって、どうしてあなたがベッドで寝ていたのですか?」


「い、いやぁ……気持ちよさそうなベッドだったし、夜中だったから眠くて……」


「嘘をおっしゃい! エルドラさまの残り香を嗅ぐためにベッドに入っていたのでしょう!? この幼女趣味の変態!」


「そりゃお前だろ!? 夜這いに来ておいて、なに人のこと変態呼ばわりしてんだ!」


「お、お前!? 第一王女たるこのわたくしに向かってそのような言い方、美少女でもなければ許されませんよ!?」


 いかん、あまりにもめちゃくちゃな言いがかりをつけられたせいで、素でツッコんでしまった……。

 っていうか美少女なら許されるのか?

 周囲の兵士たちも身構える中で、ミルエッタが一歩前に進み出た。


「……この男は、私にとって旧知の者です。他人に害をもたらす存在でないことは、私が保証します」


「えっ……?」


 思わぬところから助け船を出されて、俺は思わず言葉に詰まった。

 ……ミルエッタが、俺をかばった……のか?

 俺が困惑を隠せずにいると、ミルエッタは一度こちらを見てから、痛ましげに顔を伏せた。


「……久しぶり、ね。ブロス……」


「……ああ」


 悲壮感に溢れた再会の言葉を聞いて、俺は小さく頷くことしかできなかった。

 ミルエッタ……いったい、何を考えてるんだ……?

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