第19話 泥酔

「……ブロスにそんな過去があったのポン……? つらい思いをしてきたポンね」


 俺の話を最後まで聞いたポポロンは、窓際に立って俺と目線の高さを合わせると、顔を覗き込んできた。

 どうやら俺を心配してくれているらしい。


「まあ……俺はずいぶんマシな方だよ。オーナーに出会えたおかげで、救われたからな」


「……ミルエッタのこと、ブロスはどう思ってるポン? 殺されかけたなら、復讐したいとか考えるんじゃないポン?」


 復讐……か。

 不思議とそんな気にはなれない。その理由を自分の中で探りながら、再びグラスを空ける。


「……あの頃、俺がミルエッタの足を引っ張ってたのは事実だからな。だからって殺すのはやり過ぎだと思うけど……今更、そんなに怒る気にはならないよ」


 俺にとって大切な人が傷つけられたのなら話は別だが、あの一件で死にかけたのは俺ひとりだけだ。

 それに、結果的にそうなっただけとはいえ、その後は10年間も幸せに生きることができた。

 ミルエッタが俺をどう思っているかはともかく、俺からミルエッタに対して恨みの感情はほとんどない。


「でも、あいつは俺のことを未だに殺したいと思ってるかもな。……もしそうだったら、面倒だと思っただけさ……」


「……ねえ、ブロス。今の話を聞いて、少し不思議に思ったポンけど……ミルエッタって、本当にブロスを──」


「明日にしてくれ。……俺は眠い」


 ポポロンの話を遮ってグラスを置き、立ち上がる。

 その拍子に、テーブルに脚が引っかかった。

 ワインボトルが転がって床に落ちる──が、そこからワインは一滴もこぼれてこない。


「えっ……ちょっと、ボトル1本空けたポン!? 飲みすぎポン!」


「別に……このくらい普通だろ。酒場勤めの男をなめんなよ……」


 しかし、久々の酒だったからか、それとも特別に強いワインだったのか、立ってみると意外に足元がおぼつかない。

 俺はそのまま、倒れるようにしてベッドに飛び込んだ。

 ベッドの上でもぞもぞと這い、どうにか布団の中に潜り込む。


「ちょっとー!? ブロス、寝るなら変身してから寝るポン!」


「うるせえな……鍵はかけたって言ったろ……」


 元の姿で寝るのも久しぶりだ。このまどろみに身を任せ、泥のように眠ってしまいたい。

 そんなことを考えながら目を閉じ、俺は眠りに落ちたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る