第16話 ブロスの過去
俺には、ふたりの幼馴染がいた。
頼りがいがあるガキ大将のクリザと、気弱だが心優しい乙女のユーメ。
同じ村で、吟遊詩人から同じ英雄譚を聞いて冒険者に憧れた俺たちは、将来3人でパーティーを組むことを誓い合った。
ほどなく俺は両親を相次いで亡くす不幸に見舞われたが、クリザとユーメのふたりが支えてくれたおかげで、立ち直ることができた。
やがて俺たちは夢を叶えて冒険者になったものの、凡人に過ぎない俺たちに待ち受けていた現実は厳しく、何とか暮らしていけるだけの日銭を稼ぐのがやっとだった。
クリザはユーメと男女の仲になっていて、いずれは結婚することを望んでいたが、いっこうに生活は安定しなかった。
3人で奮起して危険な任務に挑んでは、何度も失敗を繰り返し、全員五体満足でいられるだけでも奇跡というようなザマだった。
俺がミルエッタと出会ったのは、そんな時だ。
11年前の当時、まだ15歳の新人冒険者だったミルエッタは、冒険者たちが仲間を捜す酒場の隅で、ひっそりと『パーティー募集』の札を掲げていた。
若いうえに経験もないせいで、誰からも声のかからない様子のミルエッタに自分を重ねた俺は、自分たちの懐事情も苦しいのだということを忘れて、ミルエッタをパーティーに誘ったのだ。
ミルエッタはその時から既に【大賢者】のスキルを持った、凄腕の魔術師だった。
俺たちのパーティーはミルエッタが加わったことで一変し、街ひとつ滅ぼしかねないほどの凶悪な魔物すら打ち倒せるようになった。
当然、依頼の報酬も劇的に増え、ミルエッタの加入から1年が経つ頃には、安定どころか贅沢な暮らしさえできるほどになっていった。
だがそれは、ほとんどミルエッタひとりの力によるものだった。
俺たちも当然そのことを自覚しており、俺はミルエッタのお荷物にならないよう鍛錬に励んだ。
当時のミルエッタは無口かつ無表情な少女で、何を考えているのかわからない存在だったのもあり、いつかフラッといなくなってしまいそうで怖かったのだ。
いっぽうクリザとユーメは、ミルエッタが他のパーティーに引き抜かれることを恐れて、ひたすらミルエッタのご機嫌をうかがうようになっていった。
その頃、ユーメのお腹に子供がいることを知っていた俺には、そんなふたりの必死さを否定することもできなかったが、とにかく自分を鍛えることでパーティーに報いようと思っていた。
だが──強敵に立ち向かうたび、生まれ持った才能の差を、俺はまざまざと思い知らされる結果に終わった。
俺は何度も瀕死の重傷を負い、そのたびミルエッタに助けられ、逆に負担を増やすばかりだった。
あの三日月の夜も、そんな風にしてミルエッタに助けられながら任務を終えたあとだった。
目が覚めたのは、俺たちが拠点にしている借家の一室、そのベッドの上だった。
魔物との戦闘中、鋭い爪による攻撃を繰り出されたのが最後の記憶だ。おそらく、あれで戦闘不能になったのだろう。
傷の手当ては──済んでいる。
ミルエッタが治癒魔法を使ってくれたのだろう。あらゆる魔法を使いこなす彼女にかかれば、死人以外はたちまち治してしまう。
窓の外に三日月が見えて、今の時間が夜だと理解した俺は、他のみんなが寝静まっていてもいいようにと足音を殺しつつ部屋を出た。
「……ど、どういうことだよ、ミルエッタ!?」
リビングの方から、クリザの大きな声が聞こえてきて、俺は一瞬足を止めた。
「静かにして。……ブロスに聞かれたらまずい」
そう言い放った冷たい声は、ミルエッタのものだ。
「ブロスの奴なら、まだ目を覚まさねえだろ。それより、どういう意味なんだ? ブロスに冒険者をやめさせろっていうのは」
「……!」
聞き耳を立てていた俺は、思わず声を出しそうになった。
俺に、冒険者をやめさせる……?
「言ったとおり。私はこれ以上、ブロスを同行させたくない」
「……追放でもしろってのか?」
「違う。目を離したら、ブロスはひとりで冒険者を続けるかもしれない。そんなことは許さない」
許さない──初めて聞くほどに語気の強いミルエッタの言葉を聞いて、俺は緊張に息を呑んだ。
おそらくクリザも俺と同じだったのだろう。数秒の沈黙を挟んで、再び口を開いた。
「でも……冒険者は、あいつにとって生きがいみたいなもんだ。それを確実に止める方法なんて、ひとつしかねえぞ……」
「なら、それをやって」
ミルエッタがクリザの言葉を冷たく断ち切った直後、椅子を立つ音が聞こえた。
まずい、こっちに来る──。
寝室へ引き返そうとした俺の背中に、最後のミルエッタの声が届いた。
「『説得』はあなたたちに任せる。……ブロスが絶対に二度と冒険に出ないようになれば、私はそれでいい」
俺は震える足を動かして、どうにか寝室まで戻ると、ベッドに潜り込んだ。
今聞いたばかりのミルエッタの言葉が、頭の中で何度も響くように繰り返される。
『説得』はあなたたちに任せる──。
絶対に二度と冒険に出ないように──。
きっとミルエッタは、俺の死を……あるいは、二度と冒険者稼業をできなくなるほどの大怪我を負うことを、望んでいる。
クリザが言っていた『ひとつしかない方法』というのも、それなんだろう。
「……そう、だよな」
いつかミルエッタの支えになれるように頑張ってきたつもりだが、結局、俺はずっと彼女の足を引っ張っていただけだ。
目障りな存在だと思われても仕方ない。
パーティーを去るだけでは許せないほど、憎まれているとは思わなかったが……。
「……もう、やめよう。俺には……無理だったんだ」
俺はすぐにでもパーティーを抜け、冒険者をやめることを決心した。
しかし、事はそれだけでは済まなかった。
翌朝、俺はクリザとユーメによって外へ連れ出されたのだ。
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