第15話 三日月の追憶

 宴が終わり、俺は城内の客室へ案内された。

 案内してくれたのはミルエッタだった。これからの旅に向けて親交を深めるために、自分から名乗り出てくれたのだという。


「本来、私の部屋は別にあるんだけど、今夜は向かいの部屋で寝るわ。もし何かあったら、いつでも部屋のドアをノックしてね」


「あ……ありがとうございます……」


 俺はミルエッタの心遣いに素直に感謝したものの、今日一日の疲労は隠しきれず、ぐったりしながら言うのが精一杯だった。

 そんな俺のボロボロな様子を見て、ミルエッタは苦笑する。


「……着飾って、偉い人に挨拶して……今日は疲れたわよね。私も平民の出だから、その気持ちわかるわ。ゆっくり休んで」


 ミルエッタは俺に配慮してか、手早く話を切り上げると、廊下を挟んだ向かい側の客室へ消えた。


「いやぁ、ミルエッタがいて助かるポンね。気遣いができる大人の女性って感じポン」


「……だな」


 昔はああじゃなかったけど、年月は人を変えるってことか……。


 複雑な感傷を抱きながら、俺はポポロンを引き連れて、自分にあてがわれた客室に入った。

 大きめのベッドが2つと、調度品の揃った立派な部屋だ。テーブルには水差しとグラスが置かれている。


 俺はドアにしっかり鍵をかけると、大きなスカートの中に隠していたワインの瓶を取り出し、テーブルに置いた。


「あっ。いつの間にそんなのくすねてたポン?」


「宴の終わり際にこっそりとな。アリアナはついてくるとか言うし、宴はめちゃくちゃ疲れたし……飲まなきゃやってられないだろ」


 俺は変身解除しようとしたが、そのまま解除するとドレスが消えてしまうことを思い出し、先に脱ぐことにした。

 脱がし方がわからず、かなり悪戦苦闘したものの、どうにかひとりで脱ぐことができた。逆にひとりで着るのは不可能に違いない。

 脱いだドレスを椅子にひっかけ、裸になった。下を向かなきゃ罪悪感を覚えることもない。


変身解除トランス・アウト


 呪文を唱え、魔法少女から元の姿へ戻る。

 数日ぶりに本来の姿になると、急に視線の位置が高くなって、言いようもなく奇妙な感覚にとらわれた。

 こっちが本来の俺だってことを、忘れそうになっちまうな……。


「変身、解いちゃってもいいのポン?」


「ちゃんと鍵はかけたし、大丈夫だろ。もし誰かに呼ばれたら、すぐ変身すりゃいい」


 少女の体のまま酒を飲む気にはなれなかったし、久しぶりに変身を解いてくつろぎたい気分でもあった。

 ワイングラスはないので、部屋にあった水差し用のコップを使うしかないが、贅沢は言うまい。

 俺は空いた椅子を窓際に持ってくると、キレイな三日月をさかなに、ワインを飲み始めた。


「……でも、何はともあれ、仲間ができてよかったポン。これからすべきこともわかったし、色々順調ポンね」


「まあ……そうだな」


 俺が煮え切らない返事をすると、ポポロンは首を傾げた。


「やっぱり、アリアナのことが気になるポン? 王女様が旅についてくるなんて、確かに神経使いそうな気はするポンけど……」


「いや、アリアナのことじゃない……あいつは距離感がイカれてるけど、バカじゃないから足手まといにはならないだろうし、手はかからんだろ」


「“アリアナのことじゃない”って言ったポンね。なら、他の何が心配なのポン?」


 しっかり言葉の裏を読んで、ポポロンは更に尋ねてきた。

 俺はグラスの中身を一気に飲み干し、大きく息をつく。


「……ミルエッタだよ。まあ、向こうはとっくに俺の顔なんて忘れてるかもしれないが……」


「忘れてるって、どういう意味ポン?」


「ああ……俺もさっき風呂で思い出したばかりだから、そりゃ知らないよな。あいつ、俺が10年前に冒険者をやってた頃の仲間だったんだよ」


「へえ……! それは奇遇ポンね。それなら、仲良くやっていけそうだポン」


 俺はグラスになみなみとワインを注ぎ、その中身を一息で半分ほど飲んだ。

 ピッチの早い飲み方を見て、ポポロンは何かを察したように押し黙る。


「……違ったポン?」


「ああ。あいつは、俺がまだ生きているとは思ってないはずだ。だから本来の……ブロスとしての俺の存在に気づかれたら、きっと面倒なことになる」


「生きているとは……思ってない? どういうことポン?」



「あいつは、。……それが、俺が冒険者をやめた直接の理由なんだよ」



 ……ポポロンが固唾を呑む音が、聞こえた気がした。


「ブロスを、殺そうと……? どうしてポン?」


「さあ、どうしてだろうな……」


 夜空を見上げて答えると、俺は深い溜息をついた。

 あの夜……俺の運命が変わった夜も、確か今宵のように三日月が輝いていたことを思い出しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る