第14話 王女の決心

 俺の返事を聞いた国王の目から、ひとすじの涙がこぼれ落ちた。


「……まことに頼もしい言葉だ。だが、我が娘と変わらぬ年頃の少女が、迷わず戦いに身を投じるほどの覚悟を決めていようとは……私はひとりの大人として、今ほど自分を不甲斐なく感じたことはない……」


「い、いやあ……そんなことはありませんよ……」


 だって俺、おっさんですし……とはさすがに言えなかったが。

 曖昧に受け流す俺の言葉を気遣いと捉えたらしく、国王は深く感じ入った様子で、何度も頷いていた。


「無論、できる限りの支援はさせてもらおう――ミルエッタ。そなたはエルドラどのに同行し、グレア王国の人々を救う手伝いをするのだ」


「はっ」


 その指令を前もって予測していたかのように、ミルエッタは背筋を正して即答した。


「ミルエッタは【大賢者】のスキルを持ち、あらゆる魔法を使いこなす、我が国で最も優れた魔術師だ。魔術の研究を進めるため王都に招いていたが、元は冒険者としても名を馳せた傑物けつぶつ。きっとエルドラどののお役に立つであろう」


「お父さま! その旅、わたくしも同行しとうございます!」


 ミルエッタが、俺と一緒に旅を――? などと驚く間もなく、アリアナがとんでもないことを言い出した。

 国王も怪訝に思ったのだろう、眉間に深い皺を刻みながらアリアナを睨みつける。


「戯れ言を申すな。お前が行って何になるというのだ」


「わたくしは剣の腕なら騎士にも引けを取りません。そして【テイマー】のスキルがあります」


 アリアナは誇らしげに、右手の甲を国王に向けた。

 俺も横目で様子をうかがったが、確かに【テイマー】というスキルのようだ……確か、動物や魔物を隷属れいぞくさせられると聞いた覚えがあるが……。


「船でグレア王国に渡るのは危険なのでしょう? そしてエルドラさまが空を飛べるとはいえ、海を越えるのは相当な苦労を伴うはず。でも、わたくしが空を飛べる魔物を手なずければ、空路で突入することもできます」


「ならぬ。お前は我が国の第一王女なのだぞ。身分をわきまえよ」


「世界が滅ぶかもしれないという時に、身分など関係ありません! 跡取りでしたらお兄さまたちがいます。でも、今言った役目はわたくしにしかできないはずです」


 断固として言い返したうえで、アリアナはキッと俺の方を見た。


「世界を救う重責を、民間人の女の子ひとりに押しつけて、城で安穏としていることなどできません。わたくしも彼女と同じ歳なのです。彼女が戦うなら、わたくしも戦います!」


「……いや……それは……」


 俺は何も言えず口ごもった。本当は15歳の少女なんかじゃないんだ――と言えない状況が、事態を悪化させている気がする。

 いずれにしてもアリアナの決意は固いようだ。

 国王は困り果てたように深い溜息をつくと、今度は俺の方に向き直る。


「エルドラどの。……そなた、家族はいるのか?」


「……いえ。私がまだ幼い頃に、父は魔物に襲われ、母は病気で……私はつい最近まで、町で働いて生活の糧を得ていました」


 これに関しては本当のことだ。俺に肉親はいない。

 返事を聞いた国王は、玉座の背もたれに身を預けて、天を仰いだ。


「そうか……天涯孤独の身の上……これ以上の不幸を、そなただけに背負わすようでは、ヴォルディール王家の名折れだな」


「え、えーと……それは、つまり……?」


「父としてお願いする。アリアナを……娘を、そなたの戦いに役立ててくだされ」


「お父さま……! ありがとうございます! わたくし、必ずやエルドラさまのお役に立って、生きて帰ることを誓います!」


 俺の意思も聞かず、ふたりは勝手に同行を決めてしまった。

 アリアナは俺の腕に抱きつき、甘えるように頬を二の腕にすり寄せてくる。


「エルドラさま……わたくし、あなたさまの覚悟に感銘を受けました。あなたさまのためなら、この命を懸けましょう」


「い、いやいや。姫様は姫様らしく、城にとどまって必要な支援とか政治的根回しとかをしてくれれば、それで充分──」


 なんとか撤回させようとする俺の言葉を遮るように、アリアナはこちらの耳に唇を寄せた。


「……わたくし、エルドラさまのものになりたいのです……」


「ひぃ!?」


 湿度の高い声で囁かれ、俺は思わず悲鳴をあげた。

 改めてアリアナの頬を見ると、頬は紅潮し、息も荒くなって、露骨に興奮している様子が見てとれる。

 ま、まさかアリアナのやつ、俺のことを……いや、魔法少女エルドラのことを……?


「よし! 今日は、英雄とも呼ぶべき勇敢な少女と出会えた、記念すべき日である。宴を開いてエルドラどのをもてなそう」


「素晴らしいお考えです、お父さま! お兄さまたちや王宮の臣下たち、ひとりでも多くの者にエルドラさまを紹介させてください!」


「わたくしの?」


 聞き捨てならない一言があった気がして俺は聞き返したが、あっさりと無視された。




 その後行われたパーティーのことは、あまり思い出したくない。

 テーブルマナーには苦労するし、王族や大臣たちと代わる代わる挨拶をさせられる羽目になるしで、死ぬほど肩がこる思いをしたことだけはハッキリと言える。

 酒でも飲まなきゃやってられない気分になったが、少女の姿でそれをするのもさすがにためらわれ、逃げ場のない地獄のような時間を味わう羽目になったのだった。

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