第13話 謁見

 アリアナとミルエッタに連れられ、俺とポポロンは謁見の間へ向かった。

 俺はその途中、靴が原因で更に2回こけた。

 綺麗にドレスアップされたのはいい……正直自分に見蕩れてしまったくらいだが、この格好、マジで大変すぎる。


「良かったポン、エルドラ。おしゃれをさせてもらって、その楽しさがわかったみたいポンね」


「おま……ポポロンは、私を魔神と戦わせるために力をくれたんでしょ? おしゃれを楽しむとか、どうでもいいじゃん」


 俺は、アリアナたちの前なので乱暴な口調にならないよう、言葉を選びつつ言い返した。

 振り返ったポポロンの横顔は、なぜか悲しそうに見えた。


「ボクはキミを命がけの戦いに巻き込んだポン。だからこそ、せめて楽しめるときには楽しんでほしいポン……」


「……巻き込まれたつもりはないけど……」


 俺はあくまで自分の意思で立ち上がったのだが、そういえば……ポポロンは『チキュウ』にいた頃、少女たちに戦ってもらっていたという話だった。

 そして、その少女たちは『みんなやられた』とも言っていた。ハッキリとは言われなかったが、おそらく生きてはいないだろう。

 ……ポポロンなりに、その一件が尾を引いているのかもしれない。


「この先が謁見の間です、エルドラさま」


 大扉の前に着くと、アリアナは振り返ってそう言った。

 扉の脇に控えたふたりの兵士に黙礼されながら、アリアナは自らの手で扉を開き、謁見の間へと足を踏み入れた。

 俺たちもその後に続く。


 大部屋をまっすぐ貫くように伸びた、深紅色の絨毯の上を歩いていくと、正面に玉座が見えた。

 左右に数名の兵士を従えて玉座に腰かけている老齢の男は、赤いマントと王冠を身に着け、杖を手にした威厳ある姿をしている。顔を見たことがない俺でも、あの人物が王であることは一目でわかった。

 国王は立派にたくわえた髭をいじりながら、鋭い眼光で俺とポポロンを一瞥した。


「よく戻った、アリアナ。……して、その者たちが噂の天使とやらか?」


「はい! おっしゃる通りです、お父さま」


「え? いや、だから俺は天使じゃないって!」


 否定しないと話がややこしくなる予感がして、俺は思わず素の口調で割って入った。

 ぎょろ、と国王の目が再びこちらへ向き、その威圧感に身がすくんでしまう。


「南の町を襲った、ドラゴンと魔族……そこへ颯爽と現れた、翼を持つひとりの少女が、それらを一蹴し町を救ったと聞いておるが。それをやったのは、そなたではないのか?」


「そ、それは事実です。でも、俺……いえ私は、このポポロンにスキルを引き出されただけの、ただの人間です」


 俺が名を出すと、待っていましたとばかりに、ポポロンが一歩前へ進み出た。


「初めましてポン! ボクはポポロン。こことは違う世界からやってきた、マジカルネコウサギなんだポン!」


「ほう。違う世界とな」


 王様の目が、興味深そうな輝きを帯びた。そういう表情はアリアナと少し似ており、ふたりが親子なんだと感じさせる。


 ポポロンは、以前俺に話したのと同じことをもう一度、王様相手に話した。

『チキュウ』という異世界を侵略した魔神が、この世界にも手を伸ばしてきたこと。

 俺がいた町やアリアナの馬車を襲った魔族たちも、魔神の一味であること。

 魔神を追ってこの世界にやってきたポポロンが、俺と出会って【魔法少女】にしたいきさつも……もちろん俺の正体は伏せたうえで、説明してくれた。


 ひととおりの話を聞き終わると、国王は何かを憂うようにうつむき、深い溜息を漏らした。


「……ポポロンどのは知らんだろうが、この大陸から海を越えた東に、グレア王国という国がある」


「グレア王国ポン?」


「うむ。我がヴォルディール王国以上の国力を持つ大国なのだが……その地に先日、奇妙な建造物が出現したという情報が入った。確か、60日ほど前のことだ」


 60日……。

 ポポロンが魔神を追ってこの世界に来たのは、50日ほど前だ。

 そしてポポロンはこうも言っていた。魔神たちもそれほど変わらない時期にこの世界へ来たはずだ、と……。


「それは、魔神たちの拠点かもしれないポン!」


「うむ。そして、ここからが重要なのだが……その情報が入った直後から、グレア王国の状況がわからなくなった」


「わからない?」


 俺は嫌な予感を覚えて、反射的に聞き返した。

 国王は重々しく頷き返す。


「魔族の大群に蹂躙された……と、かろうじて我が国の港まで逃げ込んできた船の乗組員たちは言っておった。その後、グレア王国からの船は完全に途絶えた。状況把握のため、我が国からグレア王国へ調査船も派遣したのだが、それらは一隻も戻らなかった」


 俺たちは言葉を失った。

 あのアリアナですら蒼ざめている。それほどの状況になっていることを、初めて知ったのだろう。

 魔神たちの情報が入ってこなかったのは、単にこことは別の大陸を侵略していたからか……しかし、この国にも魔族の手は伸びつつある。


「……陛下は、これからどうなさるおつもりなのですか?」


 ミルエッタが遠慮がちに口を開いた。


「別の国とも連絡を取り合い、連携してグレア王国の調査に向かえないかと考えておる。しかし、船がことごとく帰らぬまま……おそらく沈められたのだろうが……そのような状況では、こちらから打って出ることはできぬ」


「ですが、きっとまだグレア王国には生き残りがいるはずです! その人たちも、このまま放っておけば死に絶えてしまいます!」


「口が過ぎるぞ、ミルエッタ」


 国王が睨みつけると、ミルエッタは一瞬身をすくませ、すぐに深々とこうべを垂れた。


「失礼いたしました、陛下……」


「……わしとて、そのようなことはわかっている。だが、海を越えられない以上、どうしようもないと思っておったのだ――空を飛ぶ天使が、ドラゴンと魔族を討ち滅ぼしたという噂を聞くまではな」


 国王はこちらに顔を向けると、ゆっくりと静かに、その頭を下げた。

 一国の王に頭を下げられるという状況に、俺は思わずたじろいでしまう。


「へ、陛下……」


「エルドラどの。そなたのような少女に、重責を担わせるのは大変心苦しいが……どうかグレア王国に渡り、かの地に生きる人々を救ってはくれまいか」


「頭を上げてください! ……こっちは最初から、魔神を倒すつもりなんですから。それが自分にしか果たせないことなら、なおさらです」


 グレア王国で暮らしていた人たちの多くも、きっと『黄金郷エル・ドラド』のオーナーのように、何の罪も犯さず平穏に暮らしていたはずだ。

 そんな人たちの暮らしが突如脅かされ、命を奪われるなんてことは……絶対に許してはおけない。


「私はグレア王国に渡り、魔神を倒します。それが……【魔法少女】の使命ですから!」

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