第12話 レディのたしなみ
その後、俺は全身をくまなく洗われ、湯船に浸かってからもコミュニケーションの名目でアリアナに抱きつかれたり胸を揉まれたり尻を撫でられたりした。
あんなわいせつな行為をされたのは生まれて初めてだ。
ミルエッタに支えられ、ようやく大浴場から連れ出された時には、恥ずかしいやら情けないやらの感情を抑えられずに泣いてしまった。
「
「人聞き悪いわね……いや、気持ちはわからなくもないけどさ……」
苦笑するミルエッタの前で涙が止まらなくなっていることがまた情けなくて、余計に泣けてくる。
魔法少女エルドラの正体が、かつて彼女と共に旅したおっさんだとは絶対知られたくないと思った。
……というか、そもそも素性を知られようものなら、正体を隠して王族と混浴した不届き者扱いされて処刑されるかもしれない。
エルドラの正体は、墓場まで持っていくしかないだろう……。
「うふふ〜……エルドラさまったら、つるつるすべすべもちもちで、最っ高の肌触りでした♡ とっても発育が良くて、羨ましいです」
そんな俺の心配をよそに、アリアナはすっかりご満悦だった。
俺から精気を吸ったんじゃないかと思うくらい、肌がつやつやしている。
「アリアナはまだ15歳でしょう? これから育つわよ」
「ミルエッタは既にスタイルがいいから、そんなことが言えるんです。……ところで、エルドラさまの歳はおいくつなんですか?」
脱衣所でスタンバイしていた侍女たちに体を拭かれながら、アリアナがこちらに振り返って尋ねてくる。
急な質問に、俺は口ごもった。
「えっ!? えぇ〜と……いくつだっけ、ポポロン?」
「だいたい15歳くらいじゃないポン〜?」
毛が膨らんで毛玉に埋もれたようになっているポポロンが、テキトーに答えた。
この畜生、風呂に入れてもらえてすっかり気が抜けてやがるな……。
「まあ! なら、わたくしと同年代ですね。エルドラさま!」
「……ねえ、ちょっといい? 話は変わるけど、あなた……ポポロンって何者なの?」
はしゃぐアリアナを遮って、ミルエッタがまじまじとポポロンを見つめながら尋ねてくる。
馬車に同乗していた間もずっとポポロンのことを気にしていたようなので、聞くタイミングをうかがっていたのだろう。
「ボクは、こことは違う世界から来た妖精みたいなものだポン。エルドラに戦う力を与えたのもボクなんだポン!」
どうだと言わんばかりに胸を張るポポロンを見て、ミルエッタは返事に困ったように顔をしかめた。
代わってアリアナが話を引き取る。
「その辺りのことは、お父さまに謁見する際に、まとめて話していただきましょう。それで構いませんよね、エルドラさま?」
「は、はい。陛下に謁見ですか……緊張しますね」
馬車で王都へ向かう最中、アリアナに魔神のことを尋ねた際、国王に謁見して直接話を聞けることになった。
しかし謁見などしたことがないから、緊張して仕方ない。何事もなければいいが……。
とりあえず、服装がみっともなく乱れていないかってことくらい、気をつけておくか。
「……あれ?」
そう思っていると、脱衣所の籠に放り込んだはずの服が、いつの間にかなくなっていることに気づいた。
室内を見回すが、どこにも見当たらない。置き場所を間違えているわけではなさそうだ。
「エルドラさまのお召し物でしたら、お洗濯に出しました。代わりのドレスを用意させていますので、少々お待ちくださいね」
アリアナがそう答えたのを聞いて、俺は絶句した。
ドレス……だと?
混乱している間に、別の侍女がやってきた。
袖が膨らんだ、貴族が着るようなデザインのドレスを手にしている。
「……ま、まさかと思いますけど……あれを?」
「はい。もちろん、あれを着ていただきます♡」
「む、無理ですって! あんなドレス着たことないし……!」
「それは侍女にやらせますから、ご安心ください。さあ、あなたたち。エルドラさまのお体が冷えないうちに、ドレスを着せてさしあげて」
アリアナの指示を受け、侍女がふたりがかりで俺を前後から挟み込み、まずは下着から穿かせてくる。
他人に服を着せられるなんて、物心ついてから初めてのことだ。
くすぐったさに身をよじると「動かないで!」と即座に釘を刺されるので、俺は人形のように突っ立ったまま、身なりを整えられることしかできなかった。
「次は
続くアリアナの指示で、侍女たちは俺を椅子に座らせると、髪を
さっきのように立っていなくてもいいだけ多少はマシだが、やはり動いてはいけないようなので、どうにも居心地は悪い。
苦行のような時間が流れ、ようやく解放される頃には、何をしたわけでもないのに俺はヘトヘトになっていた。
「も、もう勘弁してください……」
「まだですよ、エルドラさま。最後に、自分のお姿がどう変わったのか、ご自身の目で確かめていただきませんと」
アリアナが手振りをすると、侍女が姿見を運んでくる。
ああもう、見るだけ見て、テキトーに喜んだフリして終わろう……。
そう思いながら鏡を覗き込み――。
「……っ!?」
鏡に映った、美しく着飾ったお姫様のような少女と目が合った瞬間、驚きに声を失った。
華やかなドレスが纏う大人の雰囲気はスタイルの良さを一層引き立たせ、いつもツインテールにしている桃色の髪も下ろしているため、ぐっと淑女らしくなった印象がある。
魔法少女の衣装にはある程度見慣れてきた俺でも、このドレス姿には再びドキドキさせられてしまう……というか、まるで別人のようだ。
「ふふっ、びっくりしましたか? エルドラさまったら、せっかく良い素材をお持ちなのに、“自分をどう見せるか”ということをあまり意識されていないようですから。素敵に着飾ってほしかったんです」
「そ、そうなの……ですか?」
「そうですよ! 着ていた服が汚れていたのは、替えがないならまだ仕方ないとしても、馬車の中で思いっきり足を広げて座っていたでしょう」
言いたくて仕方なかったとばかりに、アリアナがまくし立ててくる。
た、確かに……スカートを穿いていても、気を抜くとつい普段の感覚で過ごしてしまうんだよな……。
「そのドレスなら、裾が長いから大丈夫です。さあ、お父さまのところへ参りましょう♪ くれぐれもおしとやかに」
「は、はい……」
満足げな様子のアリアナに促されて、俺は立ち上がった。
すると――履き慣れないハイヒールのせいで、一歩目でいきなり体勢を崩した。
踏みとどまろうとしたが、今度はドレスの長い裾を踏んづけてしまい、俺は顔面から突っ込むように思いっきり転んだ。
「ぐふうっ!!」
「……エ、エルドラさま……」
「大変ねえ、こりゃ」
こちらを心配するアリアナと、困り果てたミルエッタの声を聞きながら、俺は思った。
……おしゃれって、大変だ。
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