第11話 裸の付き合い
その後、兵士たちはしっかり正気に戻り、王女にひれ伏して全力で許しを請うた。
アリアナの答えは「操られていたのだから、あなたたちは何も悪くありません」というもので、誰ひとり罪を問われることはなかった。
仮にも自分の命を狙われたというのに、公正な処遇だ。俺はやや危険視していたアリアナへの評価を、この一件でもって見直した。
──見直したの、だが。
「……なんで俺、風呂なんて入ってんだ?」
至るところに立派な装飾が施された、石作りの大浴場。
その湯船に肩まで浸かったまま、俺は呆然と呟いた。
「なんでって、王女様が入れと言ったから入ってるだけじゃないポン?」
ぱちゃぱちゃと湯船を好き勝手に泳いで、ポポロンが俺のすぐ横を通過していく。
そうなのだ。
あの後、馬車に乗って王都まで同行した俺とポポロンは城へ招かれたのだが、「まずは湯浴みをお済ませになってください」と言われ、大浴場に案内されたのだった。
俺は何とか断ろうとしたが、外を何日も旅してきた不潔な姿のまま城内を歩き回られては困るのだという。
その指摘はもっともなのだが……。
「もう無理だ……一刻も早く、ここを出たい……」
「エルドラ、まーだ自分の裸を見るのに抵抗があるポン? いい加減に慣れてほしいポン」
「慣れねえよっ! 今まで何とか、見ないようにしてやってきたけど、ちょっとでも視線を下げたら……み、見てはいけないものが……」
「だからぁ、その体はキミのものだってずっと言ってるポン。他の誰かの体を借りてるわけでもあるまいし。罪悪感なんてさっさと捨ててほしいポンー」
呆れた口ぶりで言いながら、ポポロンが湯船のへりに腰かけた。
そもそも水浴びならまだしも、こんな大量のお湯に浸かること自体、俺には慣れないことだ。薪を使うにせよ炎魔法を使うにせよ贅沢すぎる。
ポポロンは『チキュウ』にいた頃は毎日風呂に入っていたらしく、今の状況を楽しんでいるようだが、俺はどうにも気が気ではない。
「……さっさと上がろう」
そう結論づけて、湯船から立ち上がった直後──出入口の扉が開き、ふたつの人影が大浴場に入ってきた。
そのふたりが裸だということに気づいて、俺は相手が誰なのかを確かめるより早く、全力で顔をそむけた。
「エルドラさまー♪ 湯加減はいかがですか?」
その声がアリアナのものだとわかった瞬間、一瞬で顔から血の気が引いた。
まだ俺が入ってるのに、なんで王女様が乱入してくるんだ……!
と思ったが、今の俺は同性だから気にされないのか。いや、しかしこのままではまずい。
「い、今上がるところなのでっ、失礼します!」
俺はうつむきながらアリアナの脇をすり抜けて出入口へ向かおうとしたが、それよりも早くアリアナが俺の腕を掴んできた。
「まだエルドラさまが大浴場に入ってから、5分ほどしか経っていませんわよ? お風呂はゆっくり時間をかけて楽しむものです、エルドラさま」
「い、いいいや、慣れない湯浴みでのぼせまして……」
「ではこの機会に、慣れてしまいましょう♡」
ものすごい強引さで引っ張られていく。
その気になれば振り払うのは簡単だが、まさか王女様相手にそんな真似をするわけにもいかない。
「諦めて、エルドラさん。姫様は一度言い出したら聞かないから」
そう言ったのは、あの時馬車を守っていた女魔術師──だと思う。声で判断する限りは。
彼女も似たような扱いを受けたことがあるのか、その反応は呆れ混じりだ。
「ちょっと、ミルエッタ。兵がいない場所ではわたくしのことはアリアナと呼ぶように、いつも言ってるでしょう?」
「はいはい。わかってるわよ、アリアナ」
「……ミルエッタ!?」
突然聞き覚えのある名前が出てきて、俺は反射的に顔を上げた。
不思議そうにこちらの顔を見つめる女魔術師と目が合い、ようやく確信する。
どこかで会ったような気がしていたが、こいつは……10年前、俺が冒険者をやっていた頃に仲間だった……。
「……ど、どうしたのよ、エルドラさん? 確かに私はミルエッタだけど……」
「ふふっ、ミルエッタは有名人ですものね。なんたって、我が国が誇る【大賢者】なんですもの」
「やめてよ、それはただのスキル名なんだから……」
自慢げに語るアリアナを見下ろし、ミルエッタは恥ずかしそうに頬を赤く染めている。その顔はすっかり大人びて見えた。
そう……俺が知るミルエッタも【大賢者】のスキルを持っていた。間違いない、本人だ。
10年前は確か16歳だったはずだから、今は26歳か。ずいぶん育ったもんだ──。
「──ぐっ!?」
無意識に、ミルエッタのたわわに育った胸元へと視線を下げそうになり、俺はのけぞる勢いで真上を向いた。
かつての仲間をなんて目で見るつもりだ、俺……!
「……エルドラさん、本当に大丈夫なの?」
「きっとお疲れなのでしょう。ゆっくり湯船に浸かって温まれば、疲れも癒えます。そのためにはー……♡」
アリアナがミルエッタに意味ありげな目配せをすると、ミルエッタは俺の後ろに回り込み、押さえ込むようにぴったり密着してきた。
「ひぇっ!?」
後頭部のあたりに、なにかとてもやわらかいものが2つ押し当てられ、俺は反射的に悲鳴をあげた。
目の前ではアリアナが石鹸を泡立てながら、くすくすと楽しそうな……それでいてどこか
「お体を丁寧に洗って、キレイにして差し上げませんとねえ……ふふふっ♡ このお役目は侍女にも決して譲れない、わたくしの楽しみなんです♡」
「……エルドラさん、アリアナはただ洗うだけだから安心してね? ちょっと手つきはいやらしいかもしれないけど、それだけだから」
前からにじり寄るアリアナ、後ろから押さえ込むミルエッタ。
美少女と美女に挟まれ、俺はパニック寸前に陥った。
「ポ、ポポロン、助けてくれぇぇーーっ!!」
……俺がアリアナの手で蹂躙されている間も、ポポロンはただ優雅に入浴を楽しんでいた。
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