1章 魔法少女とヤバい王女

第9話 街道にて

「……ス! ブロス、そろそろ起きてポン!」


 肩をぽんぽんと叩く前足に揺り起こされ、俺は目を覚ました。


「……んぉ?」


「もう朝だポン。いつまでも寝てないで、そろそろ出発するポン!」


 後ろ足で立ったポポロンが、もこもこの前足をぶんぶん振り回して不満を露わにする。

 空は美しく晴れ渡り、柔らかく吹く風が木々を揺らしている。

 そうだ、昨日も野宿をしたんだった……。


「悪い悪い……今、顔でも洗ってシャキッとするから……」


 寝ぼけた頭でも、小川の流れる音が耳に入れば、そのすぐそばを寝床に選んだことは思い出せた。

 川のへりに身を乗り出し、水をすくおうと手を差し出して──。



 水面に映った、可愛らしい少女の顔と目が合った瞬間、驚きで心臓がドクンと跳ねた。



「おわぁぁっ!?」


 体勢を崩し、そのまま水の中へと落下してしまう。

 大量の水を飲み込んでしまい、どちらが上なのかもわからない状態で必死にもがく。

 そこでようやく、自分が飛べるのだということを思い出した俺は、光の翼をはためかせて水中から急上昇した。


「げっほ、げほげほっ! ぐふっ、げほ、がはっ……!」


「あーもう、何やってるポン。また自分の顔を見て驚いたポン?」


 空中で止まったままむせ返る俺を、呆れたような顔でポポロンが見上げる。

 実際、目が覚めるたびに驚いている有様なので、こう言われてしまっても仕方がない。




 町を出た俺とポポロンは、王都へ向かって旅を始めた。

 王都までは馬車で3日ほどかかる距離で、空を飛んでいけばそれより遥かに早く着くはずなのだが、俺はあえて徒歩で向かうことにした。

 現在、町を出て7日目。ちょうど中間地点を通過したあたりだ。


 わざわざ歩いているのには、当然ながら意味がある。

 魔法少女の体に慣れるため、この体で長時間過ごしたいと思ったからだ。


 王都で情報収集をする間、俺は元の姿で過ごすことになるだろう。何しろ10代前半の少女の姿では、まともに話を聞いてもらえるかも怪しい。

 だが、いつまたドゥランダのような刺客が襲ってこないとも限らない。

 まずは王都へ着く前に魔法少女の体に慣れ、地盤を固めることが第一だと考えた。


「魔法少女としての顔に驚いてるようじゃ、まだ慣れてるとは言えないポンね」


「目が覚めて自分の顔が別人になってたら、さすがに驚いて当然だろ……」


「手っ取り早く変身状態に慣れるためには、ずっとその姿でいるのが一番なんだポン。寝てる間もそのままでいるのは必要なことポン」


「……それも含めて『慣れ』だよな。わかった、早く慣れるよ」


 俺からポポロンに相談したことなんだから、文句を言うのは筋違いだろう。

 気持ちを切り替えて、前向きに考えていこう。




 朝食を済ませた俺とポポロンは、王都に続く街道を歩いていた。

 この辺りは交通量が多く、魔物に襲われる心配も比較的少ない。

 たまにすれ違う馬車の御者が、魔法少女の俺をじろじろと見つめてくること以外は、普段と何ら変わりない様子だ。


「……どいつもこいつも、人の胸ばっかり見やがって……」


 御者のほとんどは男なのだが、やはりこちらを見る際にはまず顔、そして胸を凝視してくることが非常に多い。

 しばらく女として過ごしてみると、男というのは本当に性欲に忠実な生き物で、女の立場ではその視線はかなりわかりやすいのだということがわかった。


 とはいえ、こちらの服装にも問題はある。

 魔法少女のドレスは丈が短いだけでなく、体のラインにフィットしており、そのせいで俺の場合は大きな胸を強調するようなデザインになっているのだ。

 こんな服を着ている女は他に見たことがないが、露出度やいやらしさの面で言えば、娼婦とそう変わりがない。


「なあ、ポポロン。魔法少女の服って、着替えられないのか?」


「今の服を脱いだり、別の服を着たりすることはできるポン。でも、そのまま変身解除すると、着替えた後の服は消えちゃうから気をつけるポン」


「消える?」


「キミが今着ているのが、魔法少女の基本コスチュームだポン。変身した時は毎回、強制的にその服装になるから、その前に変身状態で着ていた時の服は上書きされちゃうポン」


「そうか……それなら、考えなしに着替えるわけにもいかないな」


 などと話している間にも、また王都の方から来た馬車が、俺たちの横を通り過ぎていく。

 やはり、まったくいつも通りの光景だ。


「すぐそばの町が襲われたってのに、平和なもんだ……町を襲ったドゥランダは、本当にポポロンをピンポイントで攻撃する以外、アクションは起こしてなかったのかもな」


「ドゥランダも自分で言ってたポンけど、あいつは探知能力に長けていたポン。手柄欲しさに、まっすぐボクを殺しに来たんだと思うポン」


「それはわかるんだが、魔神は『チキュウ』を侵略し終えて、最近この世界にやってきたんだろう? そんな奴らが現れたんなら、もっと大騒ぎになっていそうなもんだが」


 俺がポポロンと会うまで、少なくとも『黄金郷』を訪れた冒険者や商人たちがしていた噂話には、魔神の存在など全く出てこなかった。

 怪訝に思って尋ねた俺に、ポポロンは少し考えてから答える。


「……ボクがあいつらを追いかけてきたのが、今から50日くらい前のことポン。あいつらが来たのも、そう変わらない時期のはずポン」


「思ってた以上に最近だな。だとすると、単に現時点では魔神の動きがここまで届いてないだけか……?」


「その可能性もあると思うポン。でも、ドゥランダが町を襲ったということは、そろそろ本格的な侵攻を始めていてもおかしく──」


 ポポロンが心配そうに言いかけたとき、突然、遠くから金属の打ち合う音が聞こえた。

 俺ははっとして、反射的に音のした方を向く。

 カーブになった街道の先から聞こえてくるようで、姿は見えないが、何が起こっているのかはすぐにわかった。


「今のは……剣戟の音だ。間違いない」


「けんげきポン?」


「剣と剣が斬り結ぶことだよ。この先で誰かが戦ってるんだ。行くぞ!」


 戦っているのは人と人か、あるいはゴブリンのように武器を使う魔物がいるのか──いずれにしても、こんな場所でやり合っているのなら止めなきゃいけない。

 ポポロンを抱きかかえ、俺は低空飛行で街道を猛進した。


 するとすぐ前方に、豪華な装飾が施された馬車が見えてきた。

 周囲にはおそらく護衛なのだろう、甲冑を身に纏った兵士たちもおり、高貴な身分の人が乗っているのだろうとわかる。



 だが、どういうわけか──馬車を攻撃しているのは、兵士たちだった。



 馬車のすぐ近くで、ひとりの女魔術師が、片手に持った短剣で兵士の攻撃をさばきながら孤軍奮闘している。


「【グランド・ウォール】!」


 女魔術師は、土魔法で地面をせり上がらせて壁を作り、馬車を守ろうとする。

 周りの兵士たちが壁を乗り越えようとすると、女魔術師は更に風の魔法を唱えた。


「【スプレッド・ゲイル】!」


 馬車を中心に吹き荒れる突風が、兵士たちをまとめて吹き飛ばす。

 あの女魔術師はかなりの手練れだ。しかし、ざっと10人以上はいる兵士たちをひとりで抑え込むのは限度があるだろう。

 状況がよくわからないが、争いを止めるなら、あの馬車を守る女魔術師に加勢した方がよさそうだ。

 そう思って近づくと、女魔術師は敵意にギラついた目で俺を睨みつけてきた。


「なに、あなたは!? また魔族なの!?」


「へっ!? い、いやいや違うっ! 俺は、ブロ……」


「──この子は魔法少女エルドラだポン!!」


 つい本名を名乗りそうになった俺の言葉を遮って、ポポロンが叫んでくれた。

 いかんいかん、自分で名付けたくせに忘れるところだった……。

 気を取り直し、女魔術師に向き直る。


(……ん? この女魔術師……どこかで……?)


 燃えるような赤い瞳で睨まれながら、俺はこの女の顔が記憶のどこかに引っかかるのを感じていた。

 だが、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 言葉遣いも年下の少女らしくしないと怪しまれそうだ。ひとつ咳払いをして、意識を正す。


「魔術師さん、その兵士たちに襲われてるんですよね!? 今、私が助けますから!」


 敬語でそう話しかけたが、女魔術師は首を横に振った。


「違うの! この人たちは操られてるだけ! 怪我はさせないで!」


「操られてる……!?」


 そう言われて改めて兵士たちを見てみると、どいつもこいつも顔に生気が無く、確かに正気ではなさそうだ。


「誰に操られてるんですか!? そいつを叩けば……!」


 その時、ばさっ、と上空で何かが羽ばたくような音がした。

 顔を上げてみると、背に翼の生えた半裸の女が、悠然とこちらを見下ろしていた。



「あら……あらあらあら〜? また誰かが増えたと思ったら、あなた……もしかして【魔法少女】かしらぁ?」



 局部だけをかろうじて覆い隠すような衣装の女は、間延びした声でそう言って、緩いウェーブのかかった長い金髪をふうわりと揺らした。

 こいつは……サキュバス。人間を魅了して操る、極めて厄介な魔族だ。

 だが、それとは別に、今の言葉が俺には気にかかった。


「この魔族、【魔法少女】を知っているのか? まさか……」


「あいつは魔神の側近! 底無しボトムレス・プレシオーヌだポン!」


 ポポロンが危機感をあらわに叫ぶ傍らで、俺は舌打ちした。

 やっぱり、魔神の関係者か……!

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