第8話 旅立ち

 スキルとは、人々が稀に授かることのある、超常的な力のことだ。

 発現する条件はわかっていない。

 生まれつき持っている者、厳しい鍛錬の末に会得する者、なぜかある日突然発現する者など、ケースは極めて多種多様だ。


 その効果も様々で、魔法に関する知識が脳内に湧き出る【大賢者】や、物理的にあり得ないレベルで剣の切れ味が増す【剣聖】、未知の道具さえなぜか解析できる【鑑定士】など、色々なスキルが確認されている。

 スキルを持つ者は誰でも、右手の甲に不思議な紋様が浮かび上がり、それを見ればどのようなスキルを持っているのか認識できる。


「つまり、ボクがブロスに干渉した結果、そのスキルを目覚めさせたってことポン?」


 俺の説明を聞いて、ポポロンは驚きの声をあげながら首をかしげた。


「確証は持てないが、たぶん……そうだと思う。外的要因でスキルが発現した例もあるからな。きっと、俺の中には【魔法少女】のスキルが眠っていたんだ。ポポロンと出会わなきゃ、一生気づかなかったかもしれないが……」


「ははあ。『チキュウ』にはスキルなんて概念なかったポンけど……似たような世界に見えても、こことは色々違うポンねえ」


 何やら興味深げに頷いていたポポロンだったが、ふと何かに気づいたように、半端な長さの耳をピンと立てた。


「じゃあ、この世界でボクが魔法少女にできるのは、そのスキルを秘めてる人だけってことポン?」


「そう……かも、しれないな」


「うう、そんなぁ……それじゃ、この世界で魔法少女候補を見つけるのはかなり大変だポン。魔法少女を増やせないボクなんて、役立たずもいいところだポン……」


 しょんぼりと耳を垂らして落ち込むポポロン。

 感情表現がわかりやすくて、見ている分には面白い。


「落ち込むなよ。それでも俺に会えたじゃないか」


「それは確かに、不幸中の幸いポンけど……ブロス、キミだけでも魔神と戦ってくれるポン?」


「ああ。俺たちの町をこんなにした魔神とやらを、許しちゃおけないからな。俺にしかできないことがあるなら、俺がやるさ」


 改めて、言葉に出して決意を表明する。

 ポポロンを励ます意味も込めてのことだったが、当のポポロンはなぜか変わらず落ち込んでいるように見えた。


「……ごめんなさいポン。この町が襲われたのは、ボクのせいだポン」


「え?」


「だって、ドゥランダの奴は言ってたポン。ボクの存在を探知したから、この町を襲ったんだって。ボクがここにいなければ、この町が襲われることは……」


「なんだ、そんなことかよ。それは違うだろ」


 俺はポポロンの頭に触れて、慰めるつもりでそっと撫でてやった。


「悪いのは、無関係な町を焼き払ったドゥランダ……もっと言えば、その後ろにいる魔神だろう? 狙われてたからって、お前には何の責任もないさ」


「ブ……ブロスぅ……」


 ポポロンは感極まったように瞳を潤ませると、短い前足で俺の腕に抱きついてきた。


「ボク……ボク、がんばるポン! 何も大したことはできないけど、全力でブロスをサポートするポン!」


「何もってことはないだろ。魔法少女について知ってるのはポポロンだけだ。知識面でサポートしてくれれば、それ以上に心強いものはないぜ」


「知識……あっ、そうだポン! ブロスはこれから、いつでも魔法少女に変身できるようになってるはずだポン。変身開始トランス・インのかけ声ひとつで変身できるポン」


「なるほど。変身開始トランス・インか──」


 そう口に出した瞬間、俺の全身が光に包まれた。

 その光が収まると、俺の手足や服は──恐らく顔も──魔法少女のものになっていた。

 一瞬固まってしまったが、さすがに最初ほどの驚きはもうない。


「……声に出すだけで、変身しちまうのか。まあ、どうせ試す必要はあったから、別にいいけどよ……」


「普段から頻繁に変身して、慣れておいた方がいいポン。ブロスの場合は体格も変わってくるから、いざという時、思ったように動けないと命取りになるポンよ」


「確かに、そうかもな」


 元々の俺は男としても大柄な方だが、魔法少女の時は逆に、女子としても小柄だ。おそらく頭2つぶん、またはそれ以上の身長差があるだろう。

 ポポロンの言うとおり、慣れておくのは重要なはずだ。


 せっかくだから少し、この姿で過ごしてみるか──そう思った時、右手の甲に【魔法少女】の紋様が浮かんでいるのに気がついた。

 この紋様は、変身前も変身後も変わらず刻まれているらしい。

 もし今後、正体を隠す必要が出てきたときには、紋様を見られないよう気をつけなきゃいけないな……。




 変身後の姿のまま、俺は必要最低限の荷造りを終えた。

 パンパンに詰まったリュックを背負う俺を、ポポロンは興味深げに見つめながら尋ねる。


「ブロス、これからどこへ行くポン?」


「まずは魔神の情報を集めたい。そのためにも、この国で一番多くの人が集まる場所……王都へ向かおう」


「それはいいポンね! ボクも魔神の動向を知りたいけど、聞き込みもできないから困ってたポン」


「……まあ、今のお前、喋るネコだかウサギだかにしか見えないからな」


 俺も最初は魔族かと勘違いしたくらいだし、そりゃ情報収集どころじゃなかったことだろう。

 気の毒さを感じている間に、ポポロンは俺の肩に乗ってきた。

 なんだか、そこを定位置にしようとしているような気がする。


「ところで、ブロス。これから正体を隠すなら、魔法少女の姿の時は別の名前を名乗った方がいいと思うポン。何か思いつかないポン?」


「ん? ああ、それはそうだな……」


 今日、冒険者たちに詰め寄られたように、名を尋ねられる場面は今後も出てくるだろう。

 ブロスと名乗るわけにもいかないし、仮の名を決めておいた方がいいのは確かだ。

 じゃあ、なんと名乗ろうか……少し考えて、俺は決めた。


「……そうだな。『黄金郷エル・ドラド』からとって、エルドラ……これからは、魔法少女エルドラって名乗ろう」


「ひと文字抜くポン? うーん、なんだか中途半端な名前にも聞こえるポンけど……」


「それでいいんだよ。俺は所詮、半端者だからな」


 町で働きながらも、俺は冒険者の夢を完全には捨てられなかった。

 そして冒険者として再起できる力を手にした今は、失われた安寧を恋しく感じている。

 ひどく自分勝手だが……それが俺という人間なんだ。『黄金郷エル・ドラド』を継ぐ決心すらできなかったが、その名が人々の中から完全に忘れ去られないよう、何らかの形で残したいと思っている。


 そんな俺だから、中途半端な名前こそがふさわしい。


「まあ、ブロスが決めたならそれでいいポン。これからよろしく頼むポン、エルドラ!」


 無邪気にその名を呼ぶポポロンの声を聞いて、自然と頬が緩んだ。

 魔法少女エルドラ──うん。悪くない。


「よし、行こうぜポポロン。まずは王都で情報集めだ!」

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