第7話 平穏との別れ

 ポポロンには俺の自宅で待つように言って、『黄金郷エル・ドラド』の前まで戻ってくると、まだ外が暗かった先ほどまでとは違い、その惨状ははっきりと確認できた。

 何もかもが焼け落ち、厨房も倉庫も瓦礫の下に埋もれてしまっている。

 仮に営業を再開しようと思ったら、もはや建物の基礎から立て直す必要があるだろう。


 ……オーナーが亡くなった今、この土地に関して何の権利も持たない俺にはそんなことはできないし、再建する金だってないのだが。


 従業員たちはみな、『黄金郷』の様子を確かめようと跡地の前に集まり、その惨状とオーナーの死を知って悲しみに暮れた。

 オーナー以外の従業員が全員無事だったことは、かろうじて救いだったと言えるが、慰めにはならない。

 もう、この店で共に働き続けることはできないのだ。


「……店長。私たち、これからどうすればいいんでしょう……」


 シェフのひとりが、絶望に満ちた声で言った。

 彼らのためにも、俺は落ち込んではいられない。店長としての務めを、最後まで果たさなければ。


「知っている者も多いだろうが、オーナーには遺族がいない。だから俺が代わりに判断するが、残念ながら再建は不可能だ。……皆には退職してもらうほかない。店の金庫は無事か?」


「は、はい。なんとか、焼け跡から見つかりました」


 店の事務室だったあたりをシェフが指し示す。

 思うことは同じで、どうにかして瓦礫の中から発掘したらしく、金庫の周りだけはある程度スペースができていた。

 俺が日頃からオーナーに預かっていた鍵を使って開けてみると、中の貨幣は焼けておらず無事だった。


 店じまいをする以上、金庫の中身を残しておいても仕方がない。これはオーナーの資産というより店の運営資金なので、最後まで店のために使うべきと判断した。

 無事だった貨幣を、退職金代わりとして皆に分配していく。

 ひとまずはこれで、しのいでもらうしかないだろう。


「あの、店長の分は……?」


「俺はいいよ。皆の取り分に回してくれ」


 倹約生活をしてきたので、当分困らない程度の蓄えはある。

 できれば皆の再就職の世話までしてやりたいが、それには時間がかかるので難しいだろう。

 俺には、他にやらねばならないことがある──そう確信していた。


「店長。これからどうするつもりですか?」


「……しばらく、町を離れることになると思う」


「そう、ですか……できれば、ここにいる皆で、また一緒に店をやりたかったのですが……」


 うつむくシェフの姿に申し訳なさを感じながらも、皆に簡単な別れの挨拶を告げ、その場を後にした。

 本当は色々と話したいこともあったが、長居すると決心が鈍ってしまいそうで、強引に切り上げるような別れとなってしまった。

 これでよかったのかどうかはわからないが……。


(俺には……理不尽な災厄と戦うだけの力がある。偶然だろうと借り物だろうと、そんなのはどうでもいい。魔神とやらの一味が、今日のように人々を苦しめるなら、俺がそいつらを食い止めなきゃいけない。何の罪もない、オーナーのような人々を救うためにも……)




 自宅に戻ると、ポポロンはちゃんと寝室に入って待っていた。

 そういえば急いで家を出たので、鍵をかけていなかったっけ。

 戻った俺を、ポポロンは真剣な顔つきで出迎えた──ような気がする。動物の表情なんてよくわからないので、気のせいかもしれないが。


「ブロス、おかえりポン。……まずは一度、お礼を言わせてほしいポン」


「お礼?」


「キミが魔法少女になってくれなかったら、ボクはきっと今頃ドゥランダの手で、町ごと焼き払われていたはずポン。キミはボクの命の恩人だポン……ありがとうポン」


「……それを言うなら、お互い様だろ。お前が俺に力をくれなきゃ、俺には……いや、きっと他の誰にも、手の打ちようがなかった。こっちこそ、ありがとな」


 俺は感謝を込めて、右手をそっと差し出した。

 ポポロンも意味をすぐに察してくれたようで、右の前足を俺の手のひらにポンとタッチする。肉球の柔らかい感触が手のひらに残った。

 少し微笑ましい気持ちになるが、この後は聞かなきゃいけないことがたくさんある。

 気を引き締めて、ポポロンに向き直った。


「お前、最初俺に『この世界を侵略する魔神と戦ってほしい』って言ってたよな? そいつは一体なんなんだ?」


「……魔神。それは、あらゆる邪悪を統べる神だポン。そいつは既にこことは違う世界、『チキュウ』という惑星を支配し終えて、別次元にあるこの世界にまで侵略の手を伸ばしてきたポン」


「『チキュウ』……が、異世界の名前なのはわかったけど。『ワクセイ』ってなんだ?」


「……惑星の概念を説明すると長くなりそうだから、忘れてくれていいポン」


 ポポロンはなぜか困ったように頭を抱えながら言った。

 まあ、とにかく魔神は別の世界からやってきたわけだな。


「ボクは『チキュウ』でも、才能豊かなたくさんの女の子たちを魔法少女にして、魔神と戦ってもらったポン。だけど、みんなやられちゃって……魔神との戦いに敗れてしまったポン」


「女の子を戦わせたのか……あまり感心しない話だが……」


「仕方ないポン。本来、ボクが魔法少女にできるのは素質のある女の子だけなんだポン。男の子や大人が相手だと、波長が合わないポン」


「素質ねえ……じゃあ、俺が例外的に魔法少女になれたのは、その素質があったからってことか?」


「おそらくそのはずポン。ボクは魔神を追ってこの世界に来てからも、魔法少女になれそうな人をずっと探してたんだけど、なぜかこの世界では素質のある人が見つからなかったポン。ブロスが初めてだポン」


「……ん?」


 ふとポポロンの言葉に引っかかったものがあり、俺は首をひねった。

 素質を持つ者だけに、突如として発現する力……それと似た概念を、俺は知っている。


「……まさか!?」


 俺は反射的に、自分の右手を見つめた。

 ポポロンと会うまでは、確かに何もなかったはずの右手の甲。そこに、初めて見る紋様が浮かび上がっている。


「これは……スキルだ。スキルが発現したんだ……!」


「ス、スキル? どういうことポン?」


 困惑するポポロンとともに、紋様をじっと覗き込む。

 すると紋様が輝きを帯び、その『意味』が脳内に直接流れ込んできた。



【スキル:魔法少女】

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