第6話 舞い降りた天使
俺は倒壊した建物を上空から探し、火の手が上がっているところで、なおかつ逃げ遅れた人がいそうなところから順に飛び込んでいった。
深夜の出来事だったので、民家や宿屋には寝ていた人がいる確率が高く、逆に仕事場などは無人の確率が高いと言えるだろう。
『
「な、なんだ!? 空から女の子が……!?」
「翼が生えてる? まさか、天使!?」
俺が救助活動に勤しんでいる間、あちこちからそんな声があがったが、いちいち構っていられないので無視する。
炎の中に飛び込み、救える人を可能な限り救い出しては、また次の火災現場へ。
魔法少女の肉体は全く疲労を感じなかったが、一通り町を回り終えた頃にはすっかり日も昇っており、精神的な疲れでくたくたになっていた。
「こ……これで、できる限りのことはやったな……町の人たちも救助に出てきてるし、ひとまず充分か……?」
「お疲れさまポン! 20人くらいは助けたポン。魔法少女の力を自分から進んで人助けに使うなんて、キミはいい人だポン!」
「ここは俺の町だぞ。できることをして助け合うのは当然だろ……ん?」
はしゃぐポポロンに答えていると、何人かの男たちが駆け寄ってくるのに気づいた。
どこかで見た顔のような──と思って、すぐに思い出した。
閉店直前に面倒な絡み方をしてきた、あの冒険者たちだ。
「おーいっ! や、やっと追いついたぜ……! いくら呼んでも止まってくれないんだから……」
冒険者たちのリーダーらしき剣士が、馴れ馴れしい笑顔を浮かべて近づいてくる。
まさか、俺がゆうべの店長だと気づいて……?
「さっき戦ってたあたりから見てたよ! 空を飛んだりドラゴンを蹴散らしたりビームを撃ったり、いったい何者なんだ? まさか本当に天使!?」
「……天使じゃないです」
脱力感と疲労感で、俺はそう答えるのがいっぱいいっぱいだった。
そりゃ、今の俺をあの時のおっさんだと思うわけがないか……。
安堵する俺をよそに、剣士は興奮気味にまくしたてる。
「いやいや、もう町のあちこちで噂になってるんだぜ!? 天から舞い降りて、ドラゴンを追い払い、人々を助けて回る天使様! その変な服も、天界のお召し物に違いないってよ」
「だから、違いますってば……」
「隠さなくていいって。他に仲間もいないっぽいし、今ひとりなんだろ? 俺らのパーティーに入らねえ? 色々教えてあげるよ」
唐突にそう誘った男の態度に、俺はひどい違和感を覚えた。
男たちの視線は、魔法少女のドレスを内側から窮屈に押し上げている俺の胸や、短いスカートの裾から覗く太ももに集中している。
今までそんな目で見られたことは当然一度もないが、胸や脚を見られていると確信を持って言えるほど、露骨な視線だった。
「……は? えっ? ま、まさか……」
俺は反射的に身構えてしまった。
下心むき出しの、この目線と勧誘の意味──。
まさか、こいつら……俺をナンパしてるのか!?
「なあ、いいだろ? 天使様は知らないだろう刺激的な遊びも、教えてやるからさあ……♡」
剣士がわきわきといやらしく動かす手を、俺の胸へと近づけてくる。
ぞわわっ、と全身に鳥肌が立った。
「ひっ……! うわあああっ!?」
胸に触れられる寸前、俺は悲鳴をあげながら反射的に剣士を蹴り飛ばした。
「ぐぎゃああっ!?」
吹っ飛んだ剣士は、後方に控えていた仲間たちにそのままぶち当たり、全員まとめて地面の上でのびてしまう。
俺は生まれて初めて感じた恐怖に、自分の肩を抱きながら、小走りでその場を離れた。
「あり得ないっ、あり得ない、あり得ない……! 何なんだあいつら!? 町がこんな状況だってのに!」
「うーん。どこの世界にも、女の子を自分の好きにしようとする悪い奴はいるポンねえ」
俺の肩に乗ったまま状況を見守っていたポポロンが、どこか他人事のような感想を述べる。
しかし、俺はそんな一言では納得できなかった。
「だってあいつら、少なくとも俺がドラゴンを吹っ飛ばすところは見てたんだろう!? なのに、あんな風に軽々しく手を出そうとするなんて……馬鹿か!? 脳が下半身に浸食されてんのか!?」
「まあ、男ってああいう生き物だポン」
「俺はそんなことねえよ……!」
駆け足のまま物陰に隠れた俺は、早鐘を打つ心臓を抑えるように自分の胸に触れる。
何の気なしの行動だったのだが──むにゅん、と手が柔らかく沈み込む感触が返ってきた。
「ひゃうっ!?」
思わぬ感触に、慌てて自分の手を引っ込めた。
俺の胸に、こんな柔らかいものがついているなんて──。
ますますパニックになりそうだったので、深呼吸を繰り返して一旦冷静になろうと努める。
「……お、落ち着け。そんな話はどうだっていいんだ……ポポロン。もう戦いも救助も終わった。元の姿に戻る方法を教えてくれ」
俺が次にすべきことは、『黄金郷』の被害を再確認し、従業員たちの安否も確かめることだ。
そのためには、元の姿に戻る必要がある。
「
「……だろうな。わかった。
ちょうど物陰に隠れていたので、俺はそのまま変身を解く呪文を唱えた。
すると、俺の全身が光に包まれていき、そのまぶしさに思わず目を閉じて──。
再び目を開けたとき、俺の体は元のおっさんに戻っていた。
服も、変身する前と全く同じままだ。
「……よ、よかった。本当に戻れたんだな……」
「だから戻れるって言ったポン。心配しすぎだポン」
「普通、こんな経験しないんだから、心配になるのは当たり前だろうが……」
正直、まだ半信半疑だったのだが、こうして元の姿に戻ることができて安心した。
とにもかくにも、『黄金郷』へ急ごう。
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