第5話 鎧袖一触

「まずは敵と同じ高さへ飛び上がるポン! 魔法少女になった今のキミなら空を飛べるポン!」


「わかった……!」


 空を飛ぶ。当然そんな経験などないが、今の俺にならできるという確信があった。


(飛ぶんだ……飛べっ!)


 強く念じた瞬間、風を感じた。

 俺の体は浮き上がり、空高く飛び上がっていく。

 炎に包まれた町を見下ろすほどの高さで、俺は空中に静止した。


「……本当に、できた」


 呟きながらふと振り返ると、俺の背中には、光り輝く一対の翼が生えていた。

 いや、翼の根元はしっかりと繋がってはおらず、生えているというよりは不思議な力で形成されているだけに見える。

 これも、魔法少女の力の一端ということか。


「ブロス、前から来るポン!」


 ポポロンの言葉を受けて前を向くと、一匹のドラゴンがこちらへ迫ってくるのが見えた。

 俺はステッキを構え、前方のドラゴンをまっすぐに睨みつける。


「オラァッ!!」


 一気にドラゴンとの距離を詰めると、その脳天めがけて渾身の力でステッキを振り下ろす。

 ステッキ越しの衝撃とともに、ドラゴンの頭蓋が砕ける感触が伝わってきた。


「ぬおおおぉぉっ!!」


 そのまま町に落ちてしまわないよう、更に俺はドラゴンの首根っこを掴むと、全力でぶん投げる。

 ドラゴンは投げられるがまま、ほぼ水平に飛んでいき、町から遠く離れた山の岩肌に激突すると動かなくなった。


「よし、まずは1匹!」


「……ブ、ブロス? キミ、そういう方向性でいくつもりポン?」


「方向性? 何の話だよ」


「いや、パワー系の魔法少女は過去にもいたポンけど、これはちょっと極端な気が……あっ!? もう2体来るポン!」


 何やらよくわからないことを言っていたポポロンが、話を中断して後ろに振り返りながら叫ぶ。

 ポポロンの言うとおり、新たに2体のドラゴンが接近しているのを認識すると、俺は深く息を吸い込んで──。


「散れッ!!」


 向かって正面、2体目のドラゴンへ急接近すると、その腹に飛び蹴りを叩き込んだ。


「お前もだぁッ!!」


 そこから蹴りの反動を利用して横っ跳びに動き、3体目のドラゴンにも飛び蹴りを食らわせる。

 連続で俺の蹴りを食らったドラゴンたちはそれぞれ別方向に吹っ飛び、町から離れた森や湖に落下していった。


「……す、すごいポン。見たこともないパワーだポン! これなら本当に、魔神だって……!」


 ポポロンが興奮を露わにする。

 その時──別の方向から、大人びた男の声が聞こえてきた。



「──やはり、この町にいましたか。死に損ないの害獣が」



 声のした方へ振り向けば、紫色の皮膚と巨大な翼を持つ男が、こちらと同じように宙で制止していた。

 二足歩行で、人に似た姿をしているが、特徴は明らかに人外の生物だ。

 言語を解するということは、魔族か? だとしたら、知恵が働く……厄介なタイプの敵だろう。


「何者だ、お前?」


「あ、あれは……魔神の配下、ドゥランダだポン! どうしてここに……!?」


 俺の質問に答えたのは、当の魔族ではなくポポロンだった。

 ドゥランダと呼ばれた魔族の男は、小馬鹿にするように肩をすくめる。


「私の探知能力は一級品でしてね。『チキュウ』から魔神様を追ってきたあなたが、この町に潜んでいるのは気づいていました。とはいえ、いちいち足を使って捜し出すのも面倒だ……だからこうして、この世界の生物を操って町を焼き払ったわけです」


「……なに?」


 得意げに語るドゥランダの言葉に、俺は眉をひそめて聞き返した。

 こいつが……ドラゴンを操り、町を焼いたのか?

 こいつのせいで、『黄金郷』は……オーナーは……!!


「もっとも、既に魔法少女の適性を持った人間を見つけていたとは予想外でしたねぇ。まあ……最後の悪あがきといったところですか。『チキュウ』の魔法少女は我々の手で全滅したのをお忘れではないでしょう? そこの彼女も、同じ運命を辿るだけ──」


「おい」


 ドゥランダの長口上を断ち切るように、俺は声を発した。

 得意になって喋っていたのを邪魔されたせいか、ドゥランダは不愉快そうに眉をひそめてこちらを見る。


「何ですか? 何も知らない現地人が口を挟んでいいタイミングではありませんよ」


「そんなことはどうでもいい。お前が町を焼いた犯人だってのは、本当か?」


「はあ……先ほどもそうだと言ったでしょう。人の話を聞かない野蛮人はこれだから──」



 ──どづっ。



 まだ何か言っていたのに構わず、俺は拳を突き出し、ドゥランダの胴に深々とめり込ませた。

 ドゥランダの体が折れ、その目は驚きに見開かれる。


「が……はっ!? ぐ……な、なんだ、このパワー……がふぅっ!?」


 俺は続けてドゥランダの体を蹴り上げ、天高く吹き飛ばした。

 言葉を失っていたポポロンが、はっと我に返ったように叫ぶ。


「ブロス、魔法を教えるポン! 神聖魔砲ホーリー・カノンだポン! ステッキを構えて唱えるんだポン!」


「ああ……!」


 俺はステッキの先端を、上空へ吹き飛ばされていくドゥランダに向ける。

 そして、奴を倒すことを強く念じながら、唱えた。



神聖魔砲ホーリー・カノンッ!!」



 その瞬間、ステッキの先端から光が濁流のように噴き出した。

 光はわずか一瞬でドゥランダを飲み込み、焼き尽くしていく。


「こ、こんな……まさか……ぎゃああああっ!?」


 ドゥランダの肉体は瞬く間にチリと化し、やがて光が収まった頃には、存在していたという痕跡すらも残らなかった。


 まだ町の周囲を飛び回っていた何匹かのドラゴンは、一斉に動きを変え、飛び去っていく。

 操っていたドゥランダが消滅したことで正気に戻ったのか、今の攻撃を見て戦意を失ったのか……。

 いずれにしても、逃げるのなら追う必要はないだろう。


「……終わった、のか」


 いつしか白み始めている空を見上げて、俺は呟いた。

 仇は討った。だが……失われた命は、もう戻らない。


「いや……他の建物もやられているんだ。早く救助に行かないと!」


 オーナーは間に合わなかったが、あの時のように炎を寄せ付けず、瓦礫を排除できる俺なら、他の誰かは救えるかもしれない。

 我に返ると、俺は光の翼をはためかせ、町へ降り立っていく。


「……ブロス……救助活動が終わったら、話したいことがあるポン」


 俺の肩に乗ったままのポポロンが、なぜか重たげな声でそう言った。

 こちらも聞きたいことはたくさんある。魔神のこと。ドゥランダのこと。ポポロン自身のこと。

 だが、今はひとまずそれらの疑問は頭から振り払って、人命救助に集中することにした。

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