第4話 戦う決意
嫌な予感は的中していた。
俺が駆けつけたときにはもう、『黄金郷』は炎に包まれており、建物の半分以上が焼け落ちていた。
「……そんな……」
呆然と立ち尽くす俺に、駆け寄ってくる人物がいた。
見ると、私服姿のシェリィだった。
「こんなところで何を突っ立ってるの!? あなたみたいな小さな子にできることは何もないわ。早く逃げるのよ!」
有無を言わさぬ剣幕で叱りつけられ、俺は今の自分が魔法少女の姿であることをようやく思い出した。
彼女から見れば、俺は少しおかしな格好をしている十代前半くらいの少女に見えることだろう。火災現場から遠ざけようとするのは当然だ。
が、その前に俺には確かめておかねばならないことがある。
「ま、待ってくれ! 中に人は……? 逃げ遅れた人はいないよな!?」
俺が問いただすと、シェリィは苦々しげな表情を作った。
「……わたしも今来たばかりだから、わからないけど……さっき、オーナーの悲鳴が聞こえた気がするの」
「……!!」
とっさに火の海へ飛び込もうとする俺の前に、シェリィは立ちはだかった。
「ダメよ! 上を見て! なんでこんな火事になってると思うの? 魔物が町を襲ってるのよ!?」
「魔物が……!?」
ちょうどその時、俺たちの上空を数匹の巨大な魔物が横切っていった。
あれは──冒険者時代に遠目から見たことがある。
自由に空を舞い、火炎を吐く魔物……ドラゴンだ。
「くそっ! とにかく今は、オーナーを助けるのが先だっ!」
もしもオーナーが燃える建物の中に取り残されているなら、すぐに助けねばならない。
俺は一足飛びでシェリィの頭上を飛び越え、宙高く飛び上がった。
「へっ……!?」
シェリィが目を丸くしてこちらを見上げているが、俺自身も己の異常な身体能力に内心驚いていた。
だが、体が別人のものに変わってしまったことをはじめ、今日は夢のような出来事が連発しているせいか、どこか現実感が持てない。
ならば、この心境のままに行動すればいい。驚いて立ち止まるよりも、俺のやるべきことはひとつだけだ。
そのまま、燃え盛る『黄金郷』の中へと飛び込んでいく。
「オーナー! 返事をしてください。オーナー!!」
燃え落ちる瓦礫の山を素手で押しのけ、なぎ払い、ひたすらに進んでいく。
炎に触れるどころか全身を舐められても、なぜか熱さは感じず、服や体が焼かれることもない。
ただ無我夢中で飛び込んだだけだが、結果的にそれが最善の行動だったようだ。
「……!」
厨房から食品倉庫へと続く通路で、瓦礫に押し潰されている老人を見つけた。
瓦礫を持ち上げてひっくり返し、老人を引っ張り出すと、間違いなくオーナーだった。
「オーナー! オーナー、しっかりしてください!」
「う、うう……誰、だ? ……目が、よく見えなくて……」
オーナーがかろうじてそう返事をしてくれたことに、俺は一瞬安堵しそうになったが、それは楽観に過ぎる考えだと気づいた。
炎、煙、倒壊する建物──何一つ取っても状況は予断を許さない。
「俺です、ブロスです! すぐ外へ運び出します、どうか持ちこたえて!」
俺はオーナーの体を脇に抱えると、来た道を全速力で駆け戻っていった。
わずか10秒足らずの間に、シェリィが立ち尽くしている辺りまで到達する。
シェリィは俺が無事で戻ってきたことに、驚きを隠せない様子だった。
「あ、あなたは……いったい……?」
「俺のことは後だ。それより、オーナーの手当てを!」
そう言って俺は抱えていたオーナーを下ろしたが、もはや手の施しようがないことは一目でわかった。
オーナーは全身に大やけどを負っているうえ、鋭い木片が腹部から背中までを貫くように突き刺さっていたのだ。
「ぐ……ごふっ、ごほっ……! す、すまない……火事、なのか? わしの、店は……『黄金郷』は……どう、なった……?」
血の混じった咳をしながら、オーナーは店のことを気にかけていた。
「妻と……息子……多くの、仲間たち……わしの、人生全てが……思い出が詰まった……店は……」
オーナーがそう尋ねてくる間にも、店を包む炎は大きくなり、消し炭となった柱が次々に倒れていく。
全焼はまぬがれないだろう。
……俺には、正直に答えることなどできなかった。
「……大丈夫、です。店は……少し焼けただけです。すぐに、直せます」
俺が告げると、苦痛に満ちていたオーナーの表情が、わずかに和らいだようだった。
「ああ……そうか……なら、安心だ……。ブロス、くん……店を……たのん……」
……最後まで言い終えることなく、オーナーは俺の目の前で事切れた。
傍らでシェリィが泣き崩れる。
その様を目にしながら、俺は──。
「……オーナー……」
俺は──こんな理不尽を、許してはおけないと思った。
「はぁ、はぁ……! や、やっと追いついたポン! 忘れ物してるポンよ!」
俺を追ってきたらしいポポロンが、魔法のステッキを差し出してきた。
ちょうどいい。
ある決意を胸に、俺はそのステッキを受け取る。
「ポポロン。町を攻撃してる魔物どもを撃退したい。俺にできるか?」
ポポロンは俺の言葉を受けて一瞬意外そうな目をしたが、すぐに大きく頷き返した。
「できる! 戦えるポン! キミさえその気なら……ボクが戦い方を教えるポン!」
真剣な顔で頷き返して、ポポロンは俺の肩に飛び乗ってきた。
その重みを感じながら、更に決意を固める。
俺に力があるなら、戦ってやる。
これ以上、何者にもこの町を襲わせるものか!
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