第3話 魔法少女
「……おい、お前……こりゃどういうことだ? 俺の体に何をしたんだ!?」
俺は謎の生き物に掴みかかったが、伸ばした手はむなしく空を切った。
どうやら全体的に体が縮み、手足も短くなったせいで遠近感が狂っているらしい。目線の位置も、いつもとは比べものにならないほど低い。
混乱している俺に、謎の生き物は怯えた様子を見せながらも、その場から逃げようとはせずに答える。
「お、落ち着くポン。ちゃんと説明するポン。今のキミは一時的に魔法少女に変身してるだけだポン! 変身を解けば、元の姿に戻れるポン」
「……本当だろうな?」
「ホントだポン! キミは……あ、そういえば自己紹介がまだだったポンね。ボクの名前はポポロン! 聖魔法皇国からやってきたマジカルネコウサギのメスだポン! よろしくポン!」
「……聖魔法皇国? マジカルネコウサギ? 聞いたことないな」
「この世界とは別次元に存在する国と、そこの生き物だから、知らなくて当然だポン。それより、キミの名前はなんていうポン?」
……別次元とは、また理解に苦しむ話が出てきたな……。
だがいちいち引っかかっていたら話が進まないので、一旦流すしかなさそうだ。
「俺はブロス。ブロス・シラーだ。35歳。町の酒場で店長をやってる」
「ふむふむ……今まで男の人を魔法少女にしたことはなかったけど、見た目がこんなに変わるとは驚きポンね」
「……今の俺、どんな感じなんだ?」
聞くのが怖い気もするが、現状を把握しないのも怖いので素直に尋ねた。
普段ファッションを気にすることなどほとんどないので、家にあるのは手鏡くらいだ。
「それは直接見てもらった方が早いポン。【アクア・ミラー】!」
ポポロンが謎の呪文を唱えると、空気中の水分が集まり、膜のように薄い水鏡を作り出した。
姿見のように全身を映し出すその鏡を覗き込んだ瞬間、俺は──はっと息を呑む。
艶やかな桃色の髪を頭の左右でまとめたツインテール。
ぱっちりとした瞳は深みのある翠色で、明るさとともに知性を感じさせる。
纏った服は大胆にフリルがあしらわれたもので、一見してお姫様のようでもあるが、スカートの丈はかなり際どい短さで、白い太ももが眩しいほど主張している。
「こ、これが……俺なのか……?」
「そう、魔法少女になったブロスだポン! 気に入ったポン?」
「……ちょ、ちょっと待て」
俺はひどい違和感に囚われて、おそるおそるスカートの前をめくり上げてみた。
純白のショーツはつるんとなだらかな曲線を描いており、ほとんど何の膨らみも見られない。
「……お、俺の……俺のブツがねえ……! 35年連れ添った相棒が……」
「落ち着くポン! 今のブロスは一時的に女の子になってるだけって言ったポン。元に戻れば元通りだポン」
「本当だろうな!? もしウソついてたら煮て食うからな、お前!?」
ポポロンを脅してから、俺は深呼吸を繰り返して、少しでも心を落ち着かせようとしていく。
すると当然ながら、水鏡に移った少女も深呼吸を繰り返しているのが見える。
肺が収縮するたび胸が内側から膨らんだり縮んだりして、低い背丈のわりに豊かな曲線を描いているバストがたゆたゆと弾んだ。
「……なんか、罪悪感があるぞ、これ」
見知らぬ少女が、俺の動きに合わせて無防備な挙動を繰り返しているように見えてしまう。
居心地の悪さを感じた俺に対し、ポポロンは不思議そうに首をかしげた。
「その体はブロスのものだポン。罪の意識を感じる理由がわからないポン」
「まだ慣れてないんだよ……これが今の俺だなんて言われても、実感がない……」
さっきは勢いでスカートをめくってしまったが、よく考えたらあれも相当すごいことをやってたな。
水鏡から目を背けるように視線を下げると、不意に、足元に見慣れない杖が転がっているのに気づいた。
星や翼の意匠をゴテゴテとあしらった、杖と呼ぶには挑戦的なデザインの逸品だ。
「それは魔法少女のステッキ! 変身したとき一緒に現れたみたいだポン。持っていれば魔法の制御がやりやすくなるポン」
「へえ……っていうか今の俺、魔法使えるのか? 少なくとも変身する前は使えなかったんだけど」
「魔法少女なんだから、使えて当然だポン。そうポンね、例えば一番基本的な魔法は──」
ポポロンが何かを言いかけた瞬間、世界を揺るがすような激しい爆発音が響き渡った。
「うわ……っ!?」
爆音は何度も繰り返し響き渡り、少し遅れて幾重もの悲鳴も聞こえてきた。
明らかにただごとじゃない。何かが起こっている。
「な、何だポン!? この気配は……まさか、魔神の手先!?」
「魔神? そういや、さっきもそんなこと言ってたよな……? いや、とにかく話は後だ!」
まずは何が起こっているのか把握しなければ、動きようがない。
俺は自分の今の姿のことも忘れて、家の外へ飛び出した。
外に出ると、まだ夜明けには早い時間にもかかわらず、町は明るくなっていた。
あちこちの建物から、火の手が上がっているせいだ。
特に濃い煙が立ち上っている方角を見て、俺は心臓を鷲掴みにされたような心地がした。
「あっちは……『
そうとわかった瞬間には、もう駆け出していた。
全身が羽根のように軽く、すさまじいスピードで目的地へ突き進むことができているが、今の俺にはその理由を考える余裕すらない。
「ブ、ブロス! ちょっと待つポン〜っ!」
ポポロンが後ろから俺を必死に呼び止めていたが、立ち止まるわけにはいかなかった。
あの店に、何事も起きていないことを確かめるまでは……!
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